恋呼び覚ます紅 

モクジ

「あっ…はっ…ぁ」
だらしなく、うつろな目で飛影を見たのは蔵馬だった。
腰に纏わり付いている布を、飛影は勢いよく剥いだ。風に晒された白い肌が、
飛影の燃える瞳に映った。この肌にもっと刻みたい。
「あっ……」
その臍を舐めあげると蔵馬はしどけなく倒れ込んだ。
床に身体を広げ、広がる布の上に、蔵馬は頼りなく倒れ込んだ。
「ひ、えい……」
燃えているのは蔵馬のほうも同じだった。飛影が火照らせた身体は、その続きを
求めて彷徨うように仰向けで揺れた。蔵馬の髪飾りが、ハラハラと落ちた。
蝶の飾りが。



その様を見たのは、偶然だったのだろうか…そうは思えないタイミングで、
飛影はその部屋を見た。戻ったらここに来いよと、躯から連絡を受けて、
そして足を向けた部屋。おかしいと、想わないわけではなかったけれど、それ
よりも面倒なこの手続きを終わらせたかった。
執務室とは違う、普段は使わない、隣の部屋から、あ、と声がした。からだじゅうが
凍るような気がした。覚えのあるその人の声だった。
わずかに開けられた隙間から、飛影はそれを見た。





「あっ……」
「動くな」
それは躯の声だった。衣擦れの音がした。立っている躯の前に居るひと…蔵馬だった。
蔵馬の髪が高く結い上げられて、紫の蝶が揺れていた。肩越しに、まだ整っていない
着物が見えた、薄桃の布に大きな蝶が舞った、それは振り袖だった。
何を意味するものかくらい、飛影だって知っている。
まだ半端に蔵馬のからだに掛けられている布が、飛影の目を奪った。
そして、蔵馬の唇に塗られている紅が、艶やかに映った。そっと、蔵馬の唇に紅を
さして躯は笑っていた。
蔵馬の首筋を固定して、躯はそっとその唇をなぞっていた。


蔵馬の顔を見つめながら、躯は少し笑っていた…それは飛影の見たことのないもの
だった。慈しむようで…それでいて蔵馬が身じろぎも出来なくなるほどの、強い
威圧を感じた。

結い上げた髪をそっと撫でて、躯はもういちど蔵馬の唇の紅を引き直した。
吐息がかかる…と思うほどの距離で、躯の大きな瞳が蔵馬を射貫いていた。柔らかな
筆が蔵馬の唇をなぞり上げる度、蔵馬はその感触にビクンと跳ねた。その顔が揺れる度、
蝶の飾りもシャラと音を立てた。
カタンと、音がしたのはそのときだった。
はっと、蔵馬は扉を見た。
「飛影……」
まだ肩に掛かっている布を、蔵馬は一瞬手で覆っていた。隠そうとしたその仕草を、
止めたのは躯だった。
「良いときに来たじゃないか」
自分が呼んだくせに、美しく意地の悪い女王はそう言って笑った。その一瞬蔵馬の気が
そがれた。躯はその腰を引いていた。
「いった…!」
締め付けられるものに、蔵馬が唸っていた。帯がぎゅっと締められ、人形のような姿が
出来上がっていた。


「今日は成人の日だと聞いている」
ケラケラ、笑ったのは躯だった。ぽんと、その背を飛影に押し出して、手をひらひらと
振りながら女王は出て行った。
「大人になる日だってよ」
もうお前らは大人だったかなと言いながら。



気まずそうに、蔵馬は飛影を見た。シャラと髪飾りが音を立てる度、胸が大きな音を
立てているのは、言えない事実で…だから飛影は勢いのままに手を伸ばした。



「きれいだ」
思わず、口から出た言葉はそれだった。
薄桃色の布に大きな蝶が舞う姿が蔵馬のようで…この蝶を捕らえるために自分は
いるのだと、一瞬唾を呑んだ、この薄桃のように淡く光の中に居る蔵馬を、捕らえ
たくてそばにいたくて自分はきっと存在している。だから……その袖から覗く白い
指を、飛影はそっと口に寄せた。
「んっ……」
指先を舐める飛影の舌が、熱くそして優しかった。人指し指を舐めると、飛影は
蔵馬の両手を上に、くいと翳した。袖を風が通り、白い腕が覗いた。
「躯に触らせたのは……どこだ」
キッと、鋭い瞳が蔵馬の脇を見つめた。この布を着せるためにどうするか知っている。
「あ、あの……」
下の布をどうしたのか、言えと言っているのだ。
「全部じゃない…ですっ……」
「これは」
そっと、胸元に手を差し込み、白い下布を引いた。その強さに蔵馬は一瞬瞳を
閉じた。差し込まれた指が、突起を探り出していた。
「ここは……」
「あっ……そんなっ」
じくじくと広がる甘さに、蔵馬の力が抜けた。


へたり込んだ蔵馬の、指が飛影の腕を掴んでいた。
「うえの…布だけだよ……」
「本当…か?」
くいと頤を上げると、強く強く、蔵馬は飛影を見つめてきた。混じるもののない
愛しさだけが溢れるそれを、飲み込みたいと一瞬飛影は思った。この瞳、これに
見つめられるのがどれほど心地良いかこいつは知らない。
「ここは……」
頤に、指を滑らせた。
「あっ……」
見ていたくせに、意地悪な瞳で飛影は蔵馬を追い詰めた。乱れ始めた胸元が、
見下ろす飛影を煽るみたいで。
「ここは」
ツ、と唇をなぞる指が冷たかった。さっき帯びていた熱が影を潜め、蔵馬をジワリ
と追い詰めた。蔵馬のその肌に刺激を与えるのは、自分でないと嫌だと、湧き上がる
情欲を、飛影は感じた。蔵馬の、縋るようなこの瞳を、いまいっそ飲み込みたい。
思いごと蔵馬を飲み込みたい。
「ぜんぶ、全部!」
バッと、帯の弾ける音がした。

広がる布の上で、蔵馬の膝が開かれた、半端に足先に足袋が絡まっていた。
「俺のだから……!」
抱きしめながら、縋るのは飛影だったかもしれない。
「わかって…る」
抱きしめると、回された蔵馬の手が、本当に温かかった。ずっとこの手を
抱いていたい。
「触れさせて、ないだろうな」
「そんな、ことっ……あ……」
よく見れば、蔵馬の頬に薄い紅も塗られている。いつもと違う蔵馬の柔らかさに
胸の高鳴りが確かにあったことは、さすがに言えないと…それでも、悔しさは
ある。蔵馬に、自分以外のやつが色を添えた。
「あ、んつ……」
だから、その頬の紅をねっとりと舐めた。
何度も何度も。
飛影の熱い舌を感じる度、蔵馬は腰を揺らした、自然足が大きく開いていく。
じわりと感じる、疼きのような…逃げられない…飛影への期待が、蔵馬を包んでく。
「んっ……う」
顔を横に倒した蔵馬の目に、布が飛び込んできた。大人を知らない少女のような
羞恥が、蔵馬を襲った。下半身は確かに今飛影を求めて走り出しているというのに。
「駄目だ」
膝を閉じようとする蔵馬の瞳を、からだを止めたのは飛影だった。
「俺以外に…触れされるな」
「やっ…あっ……」
じゅる、とした音がした。飛影が下半身の中心を舐め、そして蔵馬のすべてをじっと
見ていた。見られている…。…訳の分からない波が蔵馬をさらっていく。
「はっ……」
梳かれたそれが、確かに反応を示していく。
「もっと、泣けよ」
それは本当に飛影の欲望で。
何度も何度も飛影は蔵馬を梳いた、奥から溢れる蜜をねっとりと舐めとり、蔵馬の
頬をもう1度舐めた。薄紅色だった頬を、飛影が一つの隙もなく塗り替えるように。
「あ、あ…ん」
情熱を、情欲を叩きつけたかった。
「あ、あ!」
布上に、蔵馬の放つ迸りが、激しく垂れていた。
「ひ、え……」
荒い息が、本能よりも熱く、恋をくすぐった。
「もっと、もっとだ」
呼べ。俺を呼べと思った。
蔵馬の足袋が、指先で震えていた。汗が足袋に染みこんでいた。
「俺が塗り替え…てやる」
「ひえ……?」
はっと、蔵馬は目を見開いた…けれど、それは曇りに変わった。
感じたぬるっとした感触……飛影の先端から、それは迸っていた。
「ひ…え」
幼子のように、蔵馬はぼんやりと飛影を見た。
その頬を包むように、なぜか優しく飛影は撫でていた。
「俺の、色だ……」
放たれたそれを、くすと笑いながら、指がなぞっていく。
「その、羽根まで俺のものだ」
噛みつく口づけが蔵馬のからだを、激しく目覚めさせていた。
「わかって……る」
ああ、と高い声がした。叫びのような声が、飛影の熱と重なっていた。




かくんと瞳を閉じた蔵馬を抱えて、飛影は落ちた髪飾りを見た。
「中々、似合っていた」

モクジ
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