あの日 僕は咄嗟に嘘をついた



避けられている気がする。

「…」
綺麗、と思い、蔵馬は空を見上げた。武術会のあるこんな夜でも、星が煌めいて居る。
不思議だ。
殺戮2染まっているこんな島でも、平等に星は光を放つ。
「ひえい。」
小さく呟くと、今更周りを見渡す。誰も居ない。良かった。

避けられている。
最近、そんな気がする。
それは凍矢戦のあたりからだった。何かを言おうとして、言葉をかけようとすると
絶妙なタイミングで飛影はどこかへ行ってしまう…。

「いっ…た」
ズキ、と腕が痛みを訴えてかがみ込む。
暗黒武術会、決勝戦が終わり、喧騒を逃れて、ホテルの裏の海辺に来た。

もうこれで終わり…そう思い、空を見上げているうち、飛影の事に行き着いてしまった。

もう駄目なのかな。
始めはそんなことは無かったはずで、あの凍矢戦の頃から、飛影ははっきりと
自分を冷たく見るようになった。
「ずるい…」
それなのに、あんな言葉、ずるい。
幽助から聞いた、”命拾いしたな…”と言う、飛影の言葉。
どう言う事なの、と聞こうとして、聞けなかった。

鴉戦の直後、部屋に戻ってもそれは聞けないままだった。

バタンと倒れ込むようにベッドに身を投げて、サイドテーブルにある包帯を引っ張った。
それだけでも腕がきしむようで、体中がズキズキした。
「うっ…」
息が苦しいくらいで、それでも何とか指先で包帯を引っ張ることが出来た。
が…、そこまでだった。
ころころ、と包帯が伸びて転がっていく。
「あ…」
ハッとしたとき、扉が開いた。
「飛影―――!」
その瞬間頬に浮かんだのは、何とも言えないほんの僅かな明るい光だった。

飛影は、それを見た瞬間視線を外した。
戸惑いに近い感覚に襲われ、蔵馬を真っ直ぐに見られなかったが、直ぐに現実に
飲み込まれた。
「何してる!」
ベッドに横たわって、床に転がった包帯2手を伸ばしかけている蔵馬に、
苛立った声が放たれた。

「あ、の―――」
はあ、とため息をついて、飛影はそれを拾い上げた。
「ほら。」
「あ、ありがとう―――」
そのまま自分に渡して飛影が去っていくのかと、思った。
だが…
「腕、伸ばせ」

そのまま黙って、飛影は包帯を巻き始めた。
「ここ、挫いている。」
蔵馬の状態を述べる以外は口に出さず、黙々と包帯を巻いていた。

「終わったぞ。」
それだけを言うと、もう一度礼を言おうとする隙さえ与えずに、飛影は出て行った。

避けられているのに優しい…。
一度も話をしてくれないのに、あれは、優しさだと思って良いの…?
まだ痛みの残る足をさすり、蔵馬は部屋に戻ろうと、歩き始めた。


自然、視線は俯きがちになり、ゆっくりと歩いて居ると、
ホテルの部屋に向かう廊下の柱から声が聞こえて来た。
「別に…あんな女みたいなやつのことなど、何と思ってない。」
ハッとして蔵馬は身を潜めた。
飛影の声。

「でもあいつお前のこと…」

幽助の声。
二人は蔵馬には気付いていないようで、それでも声を潜めていた。
飛影のため息が聞こえて来た。
パタン、と部屋の扉を開き、蔵馬は隣のベッドを見た。
飛影の僅かな香りが残るベッド。
幽助との会話は自分のこと…?

この星に心があれば、どう思って自分達を見て居るのだろう。

最後の夜の星…。
「…あ…」
そこまで考えて、口を押さえた。
明日、帰るんだ…。飛影はどうするのだろう。
…飛影と会えるのも最後の夜?

「みんな、おつかれーーーーーーーーーーーーー!」
土を踏みしめ、幽助が明るい声で手を挙げる。
「とにかく皆帰れて良かったぜ!な!」
おう、と桑原が手を挙げる。
「蔵馬、大丈夫か?」
「大丈夫、薬草で大分傷が治まったから。」
小さく笑うと、蔵馬は少し離れた場所にいる飛影を見た。
飛影は蔵馬を一瞬だけ見て居た。

わー、とジュースで乾杯をして出発時間まで自由だぜ、と言う幽助の声が聞こえた。


「ちょっと、良いですか…」
ゴクンと、蔵馬は唾を飲んだ。飛影の服の袖を引っ張り、飛影を射貫く。
「…どうした。」
俺は用はない、と言われているようで躊躇いそうになる…だが、ここで
引くわけにはいかない。

蔵馬は表情を引っ張っていったのは、近くの森だった。
誰も近くにいない…。

「もう、あなたと会うのもこれが最後かもしれないと思って…。」
飛影とは、人ひとり分距離を取って蔵馬は俯きながら声を紡ぐ。
それは、今までに聞いたことのない小さな声だった。
「大会が終わったら、あなたは人間界には来ないでしょう?」
「そうだな。」

思ったよりも、あっさり答えが返ってきて、唇を噛みしめる。
「だから…もう会わないかもしれないし…」
「は…?」
虚を突かれ、飛影が声を出した。
自分でも意識するほど、今までにない高い声が出た。
「もう会わない…?」
「だって、そうでしょう…?大会は終わってしまったし…」
そこで数秒、間が生まれた。

「あなたは、俺のこと嫌いなんでしょう!?」
叫んだような声が出て、ハッとして蔵馬は口を押さえた。

そんなつもりじゃなかった、誰かに聞こえたら。
感情がそのまま言葉になったような…。


服の中の、腕に巻いてある包帯が少しずれた。
飛影が、一歩前に出て、蔵馬は怯んだ。
「嫌い…?誰が…?」
「だ、だから…あなたが…」
低い声は、蔵馬の能を直撃するみたいだった。
「どうしてそう思う…?」
後ずさりしたはずが、出来なかった。
大木に追い詰められ、蔵馬は逃れられなかった。
飛影は蔵馬の頤を取った。

視線が交わった。
蔵馬の深い碧の瞳はゆらゆらと彷徨い、伏し目がちに、飛影を見つめた。
真っ直ぐに飛影を見る勇気が湧かない…。

「いつ、そんなことを言った…?」
飛影の声は、苛立ちなのか分からない。
「だって…!」

どう言えばいいのか分からない。

「だって!あなたは声も掛けてくれないし、この間、聞こえて来たんだもん!」

女みたいなやつなんてって…、と消えそうな声で続けた。
「それって俺のことでしょう…?」

だって覚えがある。
この武術会が始まったとき、”そんな女みたいな甘い面していると隙が出るぞ”
と言われた。

飛影はちっと、舌打ちをした。
聞かれていたとは思わなかった。
「あれは…「全然、話しかけてくれないし…」」

ああ、と飛影は頭が痛くなるのを感じた。
誰が悪いのか、分からない。自分が悪いのかもしれないが、色々な糸が
絡まってしまったのだ。
「もう、飛影には会わないから…、だけど…言いたいことだけはあって…」
指先が震えてる。

「俺は…あなたが会いたくなくても、会いたい…」

蔵馬の言葉は、熱くて、蕩けそうだった。
飛影の細い瞳が、蔵馬を見つめて、頤を取っていた指に力が入った。
「あっ…あの」
はあ、とわざとらしくため息をついたのが聞こえた。

「そ、それだけです…「待て。」」
「…?」
「言いたいことだけ言うな。」

蔵馬の耳元に、熱いものが近づいた。飛影の唇。

「俺もだ」
…え―――?
碧の瞳が丸くなり、戸惑いを秘めて、飛影を見た。
「本当に―――?」
「だからっ…女みたいに直ぐ他人に流される闘いをするな!」
その瞬間、熱いものが押しつけられた。

「んんっ!」
初めて感じる、飛影の唇だった。

―――また、会える―――

知らず、一筋涙が流れた。

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イメージ: 乃木坂46 あの日 僕は咄嗟に嘘をついた
月の雫と星の願いの、ちまさんからのリクエストのテーマうれし泣き
です。
蔵馬の中で、そう言う涙を流すのって、どんなときだろうと
考えているとき、この曲を聞きました。
飛影に救いを求める蔵馬、の話。
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