Blue energy -being hidden-2

ホワイトローズ

電車に乗る頃には、もう夕刻を過ぎていた。
海辺を走る電車の中で、蔵馬はコトコト頭を傾けていた。
「蔵馬」
囁くような声で、呼んでも蔵馬は目を開けなかった。
コトンコトンと、電車が走る音が響く。
窓からは、海辺の街が見えた。
遠くに帆船が見えた。海辺の岩に登る少年が、何かを叫んでいた。
薄橙に染まった空が、蔵馬の白いシャツを照らした。


落ちそうになったぬいぐるみを、戻してやる。
イルカのぬいぐるみ…。
膝の上に載るほどの、蔵馬の両手を広げたくらいの大きさの青い
イルカのぬいぐるみ。


いつになく甘い気持ちは込み上げて、思わず買ってしまった。
イルカのぬいぐるみ。
「ん…」
蔵馬の肩は、電車が揺れる音に合わせて飛影の肩に触れた。こうして隣に
居ると、蔵馬のからだの小ささが分かる。ふと、黒髪から甘い香りがした。
きつい甘さではない…ジャスミンのような香り。
知っている。
蔵馬がこうして誰かに触れさせることが出来るのは、気を許す誰かの時だけだと。
自分の表情が、今はとても甘いものになっていることを、自覚する。
好きなのだ…結局は。


イルカの頭を撫でてみる。
イルカの上に添えられた蔵馬の、手の上に。



「おい。乗り換えだぞ」
「ん〜〜…」
ぼんやりと、蔵馬は目を開けた。
ここで乗り換えだ。
海辺の街はとうに去っていて。隙間なく並ぶ、都会のビルが見えていた。

乗り換えをした電車で、あといくつかで蔵馬のマンションのある街だ。
もう、都会の街に行った人たちで混み合う時間だ。

紺色の空の下、二人はゆっくりと歩いていた。
繁華街はとうに過ぎていて、蔵馬の家のある街は、今は遊び疲れた若者が
ノロノロと歩いているだけだった。
駅前から自動販売機しかない道を、二人並んで歩いていく。
海辺で力を使い果たしていたのか、蔵馬の瞳が時時落ちそうになっている。
ぎゅっと、イルカのぬいぐるみを脇に抱きしめて蔵馬はあくびを堪えているようだった。


もう風も冷たい中、首の下で、貝殻のネックレスが、カシャンと音を立てた。
あ…
飛影が作ってくれたんだ、と、それが不思議な温もりだった。首元から暖かく
なるような感覚。
夜の風の冷たさなど、消えてしまったように、身体が熱くなっていく。
ぎゅっと、蔵馬は飛影のシャツを掴んだ。
「どうした…}
ふと見た蔵馬が俯いていたので、飛影は思わず問いかけた。イルカのぬいぐるみを
片手で強く抱いて、蔵馬は立ち止まった。そのときだった。
「飛影様!」
通行人の小さな足音しか聞こえない待ちの中、荒い息が、聞こえた。
ハッと蔵馬が身を固くしたのが分かる。ピリピリとした蔵馬の空気。
この感じを、飛影は知っている。
「飛影様!」
もう一度声がした。
百足の使いの者だ。何かが起きていたのだ。魔界で。イルカのぬいぐるみを、
蔵馬が、汗が滲むほど強く握りしめた。
「お戻りください!今子供の人間が一気に穴から落ちてきて!」


飛影は、何も答えず蔵馬を見た。
蔵馬の顔が青くなり、ポトリとイルカのぬいぐるみが落ちた。
飛影が、それを拾うことが、出来なかった。
蔵馬の黒髪が、空よりも濃い黒に見えた。


「行って…」
数秒後、消えそうな声が聞こえた。
イルカのぬいぐるみを、蔵馬は小さく踏んだ。
「行って…緊急なんでしょ」
頬を、小さな雫が伝ったのが見えた。けれど蔵馬は顔を上げなかった。
「今日は…ありがとう」


今夜髪を洗ってやるって、言ったのは誰と、追及したくなったのは
本当で。


「飛影様!」

使い魔は、何度も飛影を呼んでいた。
「そんな者に構っていないで早く!」
「うるさい!」
叫んでいたのは、飛影だった。
「来い、蔵馬!」

そのまま、蔵馬を抱えた。イルカのぬいぐるみ載せて。





「え!」
目を見開いたのは蔵馬のほうだった。
飛影は蔵馬を抱えて、夜の街を飛んだ。
屋根を越えて、魔界の空に突入する。魔界の空は荒れていて、巻き込まれそうなほど風を強く
抱いていた。その中を、微動だにせず飛影は飛んだ。
「飛影!?」
「捕まってろ」
何も言わせず、蔵馬を抱きかかえた。

そして、見えたのは…。
「むか…で?」
蔵馬を抱えたまま、飛影は百足の中門を潜った。
「飛影様!」
「うるさい。落ちた人間どもは取りあえず集めておけ」
使い魔を蹴ると、飛影はそのまま階段を駆け上がった。


えっと、もう一度言ったのは蔵馬だった。
飛影の部屋…。そっと、飛影は蔵馬をベッドに下ろした。
「ひ、えい」
「会いたかったのは俺も同じだ」
待っていろと、耳元で囁いた。


だから、蔵馬はぎゅっとぎゅっとしがみついてきた。
飛影が戻った瞬間に、その腕にしがみついてそして蔵馬から
唇を重ねた。
「待ってたよ…」
その蔵馬をベッドにおろすと、それでも恥じらいはいつもと同じだった。
からだを舐めあげると声を小さく上げた。
足を開かせると、一瞬閉じようとする。中心を舐めると、緊張がほぐれ
たのか、甘い声を響かせた。そっと、手を重ねてきた。
「す、き」
小さく言う蔵馬が、可愛かった。何度抱いても、一途さが重なってくる。
「俺もだ」
言うと、蔵馬の中心が濡れ始めた。それを追い詰めて、蔵馬のからだに
息を吹きかけた。
ゆっくりと追い詰めていても、激しい衝動が押さえられなくなる。
熱に浮かされた蔵馬の頬が赤くて、それだけで飛影を煽っていく。
「あ、あ…!」
腰を進めて、蔵馬の全ては自分のものだと思った。


ずっと、会いたかったのは同じだ。
もう1度好きだと囁くと、蔵馬は意識を手放した。




眠る蔵馬を、見る。
「好きだぞ」
頬を撫でると、蔵馬が身じろいだ。
「ひ、えい」
今は聞こえていないのが、惜しい。
もっと言いたかった。
「起きたら今度こそ、髪を洗ってやるからな」

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