色のない扉2

それは少し意外な組合せだった。



「やっべえ」
校舎を走りながら、幽助は呟いた。
携帯を教室に忘れてきたと気づき、慌てて戻って来た
のだが、部活も終わって皆が帰った校舎は静かだった。
その中を幽助が走る音が響く。
そして自分のクラスのある廊下を進もうとして…覚えのある声に
立ち止まった。
「あれ…?」…あの声…
どこかで聞いた声。よく通る高い声と、もう一人…。
「それじゃあよろしく頼むよ「はい」」
あの声は、と思い、ほんの少し空いているドアから中を覗く。
…あいつだ…
蔵馬と、もう一人、蔵馬のクラスの担任の、黄泉が居た。
黄泉と蔵馬以外に、この教員室には誰も居ない。
書類をぱんぱんと揃える音が聞こえた。幽助は、そうっともう一歩近づいて
のぞき込んだ。
黄泉の仕事を手伝っているのだろう。しかし…
―――?
書類を纏めて袋に入れて立ち上がろうとした蔵馬の腰に、黄泉が手を回す。
「最近手、荒れているね。無理しないようにね」
「は、はい……」
―――やばい
蔵馬が黄泉に背を向けたので、幽助はハッと息を呑んで、教室へ走った。


あいつ―なんだ?
黄泉は、女子生徒からも人気が高い。
蔵馬の方は必要以上に近づいている感じではなかったが、黄泉は蔵馬にやけに
熱い視線を向けていた。

忘れた携帯をポケットにしまい、帰り道はゆっくりと歩いてしまう幽助だった。


自分の知らない世界のやつみたいな気がしたのは、蔵馬だけではなかった。


「おめえ、やっぱりちょっと少食すぎるんじゃない?」
次の日の昼、やっぱり自分の半分しか食べていない蔵馬に、幽助は
ずい、と寄っていった。
「そんなことないよ、大丈夫…」
「こいつ。いつもこのくらいだからさ。」
桑原が助け船を出す。そうか?と言いながら、幽助は蔵馬を見た。
穏やかで、物静かな感じはこの間と変わらない。

「あ、そうだ、俺ら、帰りにCD屋に寄って帰るけど、お前も一緒に
行かねえ?」
え、と蔵馬が紅茶を飲んでいた顔を上げる。
「好きなバンドの新しいの出るから、速く聴きたくてさ」
桑原がニヤニヤし始めて、蔵馬は少し笑った。和真のすきなバンドの
ことは、知っている。
「あはは、行ってらっしゃい。ごめんね、でもちょっと放課後、手伝いが
あるから」
遠慮がちに言う蔵馬が、顔の前で手を合わせる。
「手伝い?」「生徒会の手伝いしているんだ。黄泉先生の依頼で」
「それ結構忙しいの?」
「あ、うん、週2回はちょっと残らないといけなくて」
「大変だな〜、嫌なときは止めちゃえばいいのに。」
一瞬、蔵馬が固まる。
「…そうだね」
聞こえなかったのか、幽助は大変だな、ともう一度言った。
ち〜っ、と思い、幽助がため息を吐く。
昨日の暗い瞳の蔵馬を思い出して、無性に、手を引きたくなった。


「生徒会の手伝いって、あいつ、毎回やってるの?」
桑原の買い物の後ゲーセンで、幽助が聞いた。
どうも、蔵馬は自分達よりも数倍忙しいような感じだ。
「あ、ああ…」
ピコピコ、キーを打ちながら桑原が幽助を手招きする。


あいつさ。

凄い努力家で頭も良いんだけど、母子家庭なんだよな。
だから、この学校にも、推薦枠で入ったんだよ、入学金が免除されるの。
蔵馬を試験で推してくれたのが、あの黄泉って言う先生で、
入学式の日に生徒会の手伝いを依頼されたンだってよ。
蔵馬はもっと上を狙えたけど、推してくれたのがこの学校だったんだってよ。


桑原はそう言った。
ふうん、と聴きながら、何だか簡単には納得できないような気がした。

その感覚は、間違いではないことに、そのうち気付いた。




「それでは文化祭の詳細を決めたいと思います」

幽助達の学校では、文化祭は6月に行われる。
5月には、クラスで会議が行われる。
文化祭と言うモノは、やたら張り切る集団が居るモノで、蔵馬のクラスも
例に漏れなかった。


生徒数が少ないので、2クラス合同だ。
幽助は、委員がプリントを配る間、蔵馬のことを見つめた。
幽助に見られていることにも気付かず、蔵馬は時々目を擦り、
ぼんやりしていた。

「それでは出し物の候補はこれで」
そこで、漸く蔵馬は黒板を見た。
黒板には、喫茶店、お化け屋敷、演奏会、コメディ演劇…など
よくある感じのことが書かれていた。

幽助もそれほど興味はないのだが、取り敢えず前を見ておく。

「喫茶店とか楽しそう!」女子がわーっと拍手をする。
こう言うものは、意志の力は女子の方が強い。
余り真剣に考える気になれず、幽助は、蔵馬の方へ視線を戻した。
蔵馬は、聴いているのかいないのか、分からない感じでぼんやりしていた。
すると…。幽助の視線の隙を縫うように、女子の声がした。
「ただの喫茶店ではつまらないと思います!女子は男装、男子は
メイド服にしては!」
え、と幽助もさすがに顔を上げた。

誰だよ、こう言う気持ち悪いこと言い出したのは。
「それ素敵!いいねえ」「私男装してみたい!」
きゃーっと拍手が起きた。





幽蔵でリクエストを頂いたので、長編で書いてみました。
2話目です。
幽助が蔵馬を見る目と、蔵馬が幽助に向ける視線は少し
違う気がします…。
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