色のない扉3




「はぁ…」
帰り道、蔵馬はため息をついた。
結局ごり押しでメイド服を着ることになってしまった。ああ言う格好が嫌とかではない
けれど、色々な人が来る文化祭で、と思うと気が重い。
一瞬遊びで着るくらいなら、ほんの少しの違和感や戸惑いを押し殺して受け入れられるが、
イベントで着ると言うのは大分覚悟が違う。
「あ…」
ぽた、と音がして上を見上げると、雨だった。少し肌寒い。
「どうしよう…」
黒髪が少し濡れて、重く張り付いてくる。ああ、と思い、ハンカチでそれを少し拭って
みる。
迷いが出てきて、近くにある喫茶店の屋根に隠れてみた。
ここから家までは10分くらい…急げばいいとは思うが、突然激しくなった雨に、少し
避けていたい気持ちになってしまう。
喫茶店からは、甘い香りが漂ってきた。かなり前からやっている、と言う感じの、
紅茶や珈琲が美味しそうなお店だった。
小さな店だが、丁寧に作られた感じのショートケーキとチーズケーキが見えた。
良いな…。
綺麗な喫茶店は、見るには大好きだ。
だけど今はそんなにゆっくりと時間を過ごすことは中々出来ない。成績を保つ必要も
あるし、一度お店に夢中になって通い始めてしまったらお金が飛ぶ。

あは、と笑って蔵馬は歩き出した。雨が少しだけ緩くなっていた。

ふわりと一瞬風に靡いた黒髪を、喫茶店から見ている視線があった。

そして…。…重い気持ちで迎えてしまった文化祭の日。

甘い香りのパンケーキと、可愛い装飾を施した占いのお店の廊下を少し進むと、蔵馬達の
合同の喫茶がある。
「占いはこちらです−!」
薄ピンクのリップを塗って髪を纏めた女子達が、高い声で呼び込む。
他校の生徒も何人か来ていて、校内の生徒の家族達と賑わっていた。
それは蔵馬達の喫茶も例外ではなく…。

「いらっしゃいませー!」
女子の案内の声が響いて、奥では料理係が忙しく手を動かしている。
文化祭なので大袈裟なものは出せないが、それでも、可愛い形をしたクッキーと、
大量に取り寄せた、そこそこ有名な紅茶が、一番多く注文されている。


ビスケットと紅茶のセットを持って、色々な声が飛び交う中を落ち着かない感じで
歩いて居るのは、蔵馬だった。
「あの、ご注文はこちらで」


メイド服は薄い青で、膝よりも少し下までヒラヒラとした感じが、慣れなくて
落ち着かない。
黒髪につけているヘッドドレスが、歩く度に、少し間窓の風に揺れる。
ここまで短いものを履くことがないので、すうすうして緊張してしまう。

「あ、ごめんなさ…」
ぶつかりそうになるのに気付かず、スカートを気にすると手元が危なくなってしまう。

丸く膨らんだ袖から覗く白い肌が、本物の女子生徒より白い。

「やっぱり蔵馬さんのメイド、とても可愛い!」
入り口で囁いている声まで意識する余裕は、蔵馬にはなかった。

一応黒いタイツを履いているが、どこかで躓かないか注意をしないといけない。

「あ、ティーセット二つね」
「あ、はい…」
言われて指さされた方に歩いて、ゆっくりとカップを置こうとした。
蔵馬の白い指がゆっくりとソーサーを、目の前にいた人の前を掠め…
その瞬間。
「綺麗な指、してるね」
カチャ、と音がしてテーブルに置いたと同時に、その腕が、蔵馬の指を掴んだ。
「…っ…」
何が起きたのか分からず、蔵馬は固まった。
「あ…」
「君、とても綺麗な手をしているね。何かケアをしているの?」
鋭い瞳が、蔵馬を射貫いた。端整な顔立ちで、少し冷たい感じがするその人は、微笑みながら
蔵馬を見つめた。
「そんなことは」
どうしたらいいのか、頭が働かない。
じいっと、その人は蔵馬のことを見つめた。上から足先まで何秒か…。
「俺、生徒会の刃霧」
くす、と笑い、その人は蔵馬の腕を放した。



「君、本当に可愛いね」
「今度うちの学校の、違うイベントでもその格好してよ」


何度も何度も、そう言われた。
色々な人に。
終わるまでに何度も言われ、どうやって交わすのか一瞬で言葉が出ず、曖昧な笑顔で
去っていた。


今まで意識したことがない汗を何度もかいて、文化祭が終わる頃には脱力していた。

ただ…。
「はぎり、先輩」
あのバッチは一個上の学年の…。自分は普段黄泉の手伝いが主だから、生徒会の人とは直接
関わることがない。
生徒会の人だったんだ…。
生徒会の…。
掴まれた手を握りしめ、蔵馬は更衣室でぼんやりとした。
妙に絡みつくような視線で、他のお客とは違う物を感じた。…あれは。一体何?

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「おめえ、本当可愛かったな!」
数日後、屋上での昼休み、幽助が言った。
蔵馬は一瞬目を丸くして怯んだ。
サンドイッチを囓っていたのが止まる。
「あのあと、お前有名になってたぞ!凄い可愛い子がいたって!」
「あの喫茶か!?あ〜確かにお前凄い可愛かった!」
桑原が乗ってくる。
「いや…あの――」どう返したらいいか、分からない。

「又着てくれないかな〜って、正直ちょっと思っちゃったよ!俺も」
幽助が一歩前に迫って、蔵馬が言葉を無くした。
「いや、あれはもうやらないよ…。」
企画だから仕方なかっただけで…。
舐め回すような視線を思い出し、蔵馬は唇を噛んだ。

「でもさあ、俺思ったんだけど!」
ずい、と幽助が至近距離まで迫る。うわ、と蔵馬は背中に緊張が走るのを感じた。
突然の幽助の言葉に、なに、としか返せない。
「蔵馬、お前凄い細いな!もっとしっかり食べないと駄目だぞ!」


そうだ、と声を大きくする。
「明日帰り暇!?」
「え、あ、うん…」
ぐっと、幽助が蔵馬の手を握った。

帰り、連れてってやる所があるんだよ!と、幽助の声がした。







幽蔵でリクエストを頂いたので、長編で書いてみました。
3話目です。
蔵馬のメイド服ってとても可愛いと思います。
幽助は少し強引なくらいが好きです。
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