終末の恋唄

1 雲間の瞳 

〜ほととぎす なくやさつきの あやめぐさ あやめもしらぬ こいもするかな〜


なんて綺麗なひとだと、初めはただそれだけだった。

「めぐりあいて」
書きながら、コエンマはその生徒を見た。蔵馬。
少し斜めに結んだ髪を退かし、そのひとはノートを、とっていた。
余り騒がず、いつも静かな子。コエンマの手を真っ直ぐ追い、
一つ一つを書き留める。
優等生ばかりでもないので、このクラスは色々なやつがいる。
「蔵馬、ちょっとこの漫画読めよ」
クラスの人気者、陣の声がした。短いから直ぐに読み終わるから、と
ポンと膝の上に載せると、陣は去っていった。笑えるからいいぞ、と。
時間使わないからさ。
「蔵馬、今日真っ直ぐ帰り?」
幽助の声だ。
「うん…」
「そっか。あんま無理するなよ」
俺ゲーセン寄って帰るわ、と、手を振る幽助の後ろ姿に蔵馬は
笑った。
「遅くならないようにね」



蔵馬の周りは、明るいやつが、多かった。入り混じった
クラスの中でも余り成績が良くない奴らが、多い。何故か
蔵馬一人だけ、特待生になるほどだった。

マクドナルドよって帰ろうと、女子の声がした。
「あ、これあげる」
蔵馬の声だった。
駅前で配っていたクーポン。
「蔵馬くん?使えばいいのに」
「いや…」
小さく、蔵馬は笑った。いいの、と言いながら女子は受け取った。




蔵馬はいつも風のように消える。


幽助たちが大きな声で、寄り道の話をしても入らない。
友達は、いるのに。





「あら、先生知らないんですか」
教員室で、隣の、あやめが言った。
「忙しいんですよ」
蔵馬くん…と。耳打ちした。







それはある朝のことだった。
「おはようございます」
校門の前に立つコエンマの前を、次々に明るい声の生徒たちが
お辞儀をして行く中で、ふと感じた違和感。
高く上がった陽の中で、ひとり何か違う…。
いちょう並木の中歩く…。速足で校門をくぐる人たちの中、違う速さ。


違和感は、嘘ではなかった。


「あらざらむ…」
説明を終えたコエンマは、手を止めた。
「背景もちゃんと勉強しておくように」
はいと、生徒たちが返事をした。
「今日はここまで」
パタンと教科書を閉じ…コエンマは、そうっと歩み寄った…。
そのひとの前。
「蔵馬」
そのひとは顔を上げた。丸い瞳。
「どうした、大丈夫か」
青白いと、感じたのは今朝のことだ。白い肌が、透けるようだ。
「それから。脚、挫いたのか」
コエンマの声に、蔵馬はハッとしたのか…左足に手を当てた。
…重なった手。コエンマの冷たい手だった。
「なんでも、ありません」
「見せてみろ」
最後まで聞かず、コエンマは額に手を当てた。前髪を強引にかきあげ、
強くくっついた手のひら…。
身じろいだ蔵馬は、心地悪そうに、唇を噛んだ。
「熱、あるじゃないか」
足はどうした、と…意識はしなかったが詰問の声になる。
「ぼんやりしていて、歩道橋で…」
蔵馬は、コエンマを見なかった。

「来い」


ぐいと、手を引いて連れて行かれたのは、保健室…ではなかった。



ガンと音がして、扉が閉まる音がした。
「座れ、ほら」
自販機の水を渡し、コエンマはエンジンをかけた。


コエンマが、蔵馬を引っ張ったのは車の中だった。


「ちゃんと寝ていろ、送るから」
蔵馬のからだを傾けて。出たのは強い声だった。
「…はい」
蔵馬はそう、言いながら、コエンマを見なかった。


小さく、蔵馬はありがとうございますと言った。
どこを見ているのか分からない瞳。




あの子は特待生だから、いつも成績さげないように一生懸命
なんですよと、聞いた。
お母さんを、大事にしていて…。
お父さんは交通事故で、中学生のころ。
目の前で…。


かけらだけしか聞いていない蔵馬の話。

いつも、小さく笑って幽助たちを見送るだけ。
寄り道は、しない。


そういえば、車の中でも、教科書を読んでいた。





〜ほととぎすが鳴いている。
 その声には、人恋しくさせるような切ない響きがある。
 時はさつき。
 降り込める雨の向こうに、きみを想う。
 きみは今何をしているの。
 刀のかたちをしたあやめぐさで邪気を払うことができても、
 この想いを払うことはできない。もう何も分からないよ

 ぼくはきみに恋をしているのかな〜

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