終末の恋唄

3 寂夜想

〜契りしに 変はらぬことの調べにて 絶えぬ心のほどは知りきや〜



何も言えず。コエンマは蔵馬を見た。
「大事なもの…目の前で失くしたくない…もう」
知らず、涙が溢れていた。みっともないと、わかっていても止める術を、蔵馬は知らない。
「幽助達は――特に幽助は、同情じゃなく、俺を見てくれた友達だから!」
あの日、事故で父を失くしてから、哀れみではない目で見てくれた一番のひとだった。
カラオケやゲームに付き合うことのない自分でも、分かってくれて、
無理強いをしたことがなかった。
ただ一つ、身体を壊すなよとだけ。

「守りたいんですっ…っ!」
蔵馬の声は、途切れた。


そのからだは、浮いていた。
…目の前が暗くなり…何かが、あった。コエンマの、胸だった。
「な…にっ…」
何が起きているのか、分からない。抱き込まれたからだは、簡単にコエンマの胸に収まった。
「せん、せ…?」
小さく、蔵馬の手が、コエンマを引っ掻くように彷徨う。敵うはずもなく。
「やめ、て…」
「泣くな…悪かった…」
いつの間にか、力が篭っていた。自分でも、驚くほど。
「んっ…」
重なったものに、緊張を溶いたのは蔵馬の方だった。熱い唇。上向かされた顎が、震えた。
「好きだから…自分を、大事にしろ」
「せんせ…」
涙を、コエンマの指が拭う。それは、冷たい指なのに優しく…。
「やめ、て…!」
突き放した声がした。
「助けてくれたお礼は言います…もうもう、関わらないで」
「なら、なぜ、この手を離さない」
右手を、コエンマは重ねていた。
「っ…」
「蔵馬、嘘じゃない、好きだ」
「…ないで…」
涙声が、微かに漏れた。



「やめて、忘れて…俺のことは」
今縋れば、同じ想いをする。傷付きたくない。
「来年赴任するんでしょ、知ってます」
手にした温もりが、掴んだ途端消える痛み…。

「好きに、させないで!」

堪らず、蔵馬を掻き抱く。今離したら消えそうで。

「失くすものを、欲しいとは今更思わないっ」
跳ねのけようともがく手に、強い力がこもらないのは何故だろう。
やめてと、もっと足でも蹴って逃げてしまおう、思えば思うほど力が抜けていく。
抱きしめた手に力を込めたのは、コエンマのほうだった。どうしたら、伝わるだろう。
不器用な自分を呪いたかった。幾つかしか違わないこの小さな子を、大きな信用で包むには
綺麗な自分だけではいられなかった。
痛い、と小さな声が聞こえても、離すつもりはなかった。

「嘘じゃない。ずっと、好きだから」




〜約束したように、変わらない琴の調べのように、絶えることがない(私の)心のほどを 分かっていただけましたか〜
(源氏物語)

Copyright (c) 2017 All rights reserved.