LINKAGE 2





「おめえ、飛影となんかあっただろ?」
そう聞いたときの、蔵馬の瞳が忘れられない。

客が引いた屋台で、タッパーにネギを詰めている手の動きが粗くなる。
丁寧に、と思っても今できない。


「何なんだよ…っ。」
とっさにあのときもっと突っ込めば良かった、と舌打ちする。
気は客も少なく、余裕もあったので、忙しさで蔵馬のことを考えない、と言う事が出来なかった。
お客が少なかったことは、幸いと言って良いことなのか分からない。どうしても、あの蔵馬の
表情が浮かんできてしまう。モヤモヤする。
「あー…ったく。」
突っ込んではいけないような気がして聞けなかったけれど、今更気になってきた。
飛影と何があったのか?
あいつ、何やってるんだよ、と…蔵馬が去ってから数時間が経過してから思う。
機械的に手を動かして片付けを終える。前髪をくしゃくしゃして、荒々しく手を洗う。

ゆらゆらと瞳が揺れていたけれど、蔵馬は少ししてこう言った。

「だって…。…飛影の、何でもないもん…今は。」
最後に、多分、とついていたのがこころに引っかかる。

泣きそうで泣かないのも、幽助の中にモヤモヤを残す。
箸を動かしていた手が少し震えていた。

「何でもない、か。」
すっかり暗くなった空を見上げてみた。
悲しい嘘だな、と思った。
「泣かせるんじゃねえよ…。」

泣き笑いみたいな表情をしていた蔵馬。
でも今は泣いて居るのかな、と思う。
飛影の前では見せない涙が見えた気がした。

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「くしゅっ…」
蔵馬は、魔界の風を受けて肩を震わせた。
やっぱり人間界とは、風が全然違う。
強くて、砂埃が舞うので、あまり好きではない。
風に煽られて、髪が靡く。

「あれだ…。」
擦った目をあけると、少し先に、大きな要塞…昆虫の形の…が見えてきた。
百足。
ごくんと唾を飲んで、その要塞を凝視する。

「何…?」
そして30分後、要塞の美しい女王は、読んでいた本を閉じて、知らせに来た部下の方を向いていた。
「蔵馬が?」
「はい。近くまで来たから寄ったのだと。」
「分かった、俺の部屋に呼べ。」
ハッ、と一礼して、部下は去っていった。

「こんにちは。」
躯の部屋に通されると、いつも緊張する、と蔵馬は思った。
広い部屋の奥には、ふかふかのソファがあり、女王はそこで寛いでいた。
部屋が広いだけではなく、女王の美しさと余裕に、蔵馬は近寄りがたい物を感じてしまう。
「もっと近くに来ればいいだろう。態々こんな遠くまで、よく来るな。」
くすくす、と躯が笑う。
「あ、い、いえ…あの。」
蔵馬が言いかけたとき、
「あいつに会いに来たのか?」
身を乗り出して躯が聞いて来た。
いつもだったらここで蔵馬が顔を赤くして目を逸らす、それが面白くて、つい躯はからかってしまう。
きっと今回もそうだろうと思って居た。が…
「そうです。」
蔵馬は、躯を見ずに、床を見ながらそう言った。
蔵馬の声に、躯は違和感を覚えた。
「飛影は…。」
「ああ、もうそろそろ戻ると思うぞ。今日は戻ったら直ぐ部屋に戻るはずだが。」
「ありがとうございます。」
良かった、内心ほっとする。
直ぐにここに来るのでは、躯の前で話がしづらい。引きつった表情でそう考える。
「飛影と一緒に人間界に帰ればいいじゃないか。明日は休みだし…。」
「えっ…」
蔵馬が赤くなって恥ずかしそうに笑う…躯は、そう想像していた。だから、ちょっとからかいを
含めて言ってみた。

だが…

「それは…。」
蔵馬は何かを言い淀んでいた。どうしたんだ、と躯は思った、蔵馬が、余りにも予想外の表情をして
いたから。
迷っているような、拒んでいるような。
「どうした…?」
何かあったのか…と言いかけたとき。

カツカツ、と足音が聞こえた。
「お帰りだぞ。愛しの飛影が。」
ほら、と手を向ける。
すると、一気に蔵馬の緊張が増したのが分かる。この広い部屋の中、躯と距離はあるのに
その緊張が伝わってくる。

「あ、ありがとうございます!」
にそう言うと、蔵馬は弾かれたよう廊下に飛び出した。
「あいつら…何かあったのか?」
今この小説いい所なのに、と言って躯は立ち上がった。気配を消して。


蔵馬は弾かれたように躯の部屋を飛び出して、長く続く廊下に出た。
掃除の行き届いた廊下は綺麗で、そしてずっと遠くに、その姿が確認できた。
…飛影と、時雨が何かを話しながら歩いているのが見えた。
ズボンのポケットに入れた袋を握りしめる。右手が、汗ばんでくる。

蔵馬は少しずつ、その方向に歩き始めた。
今までは、飛影に会いに来ましたと言って、明るい表情で躯に断りを入れて、
誰も廊下にいないときには飛影に飛びついたこともあった。
周りを気にした様子の飛影は、誰にも見られていないことを確認すると、抱きしめてくれた。

でも今は違う。
そんな甘い幻想に酔うために来たのではない。

カツンカツン、と、足音が近くなる。
蔵馬も距離を縮めていく。
そうして…。

「蔵馬殿。」
渋い声がして、飛影が歩を止めた。時雨が、少し距離を取って立っている蔵馬に気付いたのだった。
「蔵馬。」
何とも言えない声が出た。あの揉めた夜から、蔵馬に会いたいような会いたくないような、絡まり合う
気持ちのままだった。気まずさが二人を包む。
「邪魔者は消えるとしよう。」
時雨が笑って、手を振る…。その時、
「良いんです。」
蔵馬の声が、張り詰めた空気を裂いた。
「居ても良いんです。用は直ぐに済みますから…。」

乾いた笑いを浮かべて、蔵馬は飛影に接近した。
「くら…「飛影。」」
飛影が反射的に名を呼ぼうとするのを、強い口調で遮る。
去るタイミングを失って、仕方が無く時雨はそこにいることにした。
飛影は、いつものように、何を考えて居るのか分からない瞳をしていた。この瞳が大好きだったし、
夜見つめられるとドキドキした。

でも、今は、譲れない物もある。
ポケットから、袋を出す。
「これ、渡しに来ました。」
「…?」
蔵馬を見つめた飛影の手をぎゅっと握りしめて、幾つかの袋を握らせる。飛影がとっさに受け取った
のを確認すると、緩く微笑んだ。
感情を押し殺した瞳で、蔵馬は飛影を見た。
「あなたは直ぐ怪我をするから、これ、使って。暫くは持つと思うし。」
お湯に入れて飲めばいいように、粉にしてあるものよ、と早口で言う。飛影に何かを言わせないように。
「蔵馬殿…?」
何か違和感を感じた時雨が、何かを言おうとする。それを、視線で遮る。
「あと…。」

喉の奥が焼けるような錯覚を覚えた。
唇が乾いている。

「あと、お別れを言いに来ました。今までありがとう。」
一歩後ずさる。
飛影を見ないように、床に視線を移す。

「さようなら…ごめんね…飛影。」
そして、蔵馬は走り出した。

「蔵馬…殿っ…」
飛影ではなくて、時雨の声が聞こえた。
今振り返ることは出来ない。
振り返ったら、全ての意識を失いそうだった。

―――なっ―――
驚いたのは、好奇心と気がかりで、柱から覗いていた躯も同じだった。
―――何だって―――?
走り出した蔵馬の腕を押さえた。
「蔵馬―――?」
「躯。」
突然出てきた躯の胸の中に押さえ込まれて、蔵馬は藻掻いた。
「離してくださ――」
何かを聞かれそうで、嫌だった。何も話したくない。
「蔵馬、お前…。」
一瞬腕が緩む。その隙に、蔵馬は強く藻掻いて抜け出した。

「あなたにもお世話になりました。ありがとうございました…。」
甘い香りを残して、蔵馬は走り去った。
「飛影…良いのか?」
今起きたことを整理しきれず立ち尽くす飛影に、時雨が問う。
「…。」
良いのか、と言われて、この間の揉め事がよぎる。魔界に来い、と言う飛影と、 今はまだと言って粘る蔵馬と。
あの時の蔵馬の荒々しい声まで蘇ってくる。飛影は唇を噛んだ。
「別にいい。」

魔界に住む者だったことは同じ筈だ。人間界は仮の住まいで…。

夜、部屋に戻る度蔵馬の温もりを思い出す。腕に抱きしめた蔵馬の甘い香りや、長い睫毛。
小さな事を思い出し、時々、本当に魔界に着いてくるのだろうかと思ってしまう。
蔵馬を疑うわけではない。人の命は短い。いつかは蔵馬は魔界に来るのだろうとは思う。
それでも、手と手の間をすり抜けるような気がしてしまう時が有る。
…俺は、間違ったことは言っていない。
そう思う。
間違っていない、そのはずなのに。
脇に刺した剣を見る。前に蔵馬がくれた飾りが揺れていた。

何かを言いたげに時雨は飛影を見て、先に戻る、と部屋に戻った。
飛影は廊下を見つめた。

「別に良い。」
小さな声が漏れた。
無性にモヤモヤとした物が溢れてくる。
くそっ…。
地下の特訓部屋に行こう。そう思って踵を返した瞬間…

「待てよ。」
ケラケラ笑いながら、女王の声がした。
「貴様か。何の用だ。俺は今機嫌が悪いんだ。」
苛立ちを露わに飛影が躯を見る。
「いや、あいつと同じように、俺もお前に言いたいことがあってな。」
笑いを止めた躯は真剣な表情になる。こうして近くで見ると、本当に美しい顔をしている。
「俺は忙しい…―――っ!」
掴まれた腕を振り解こうとして―――そして、飛影の瞳が固まった。

パラパラ。

いつも首にあったはずの温もりが消えていた。
首にかけていた氷泪石が、躯の手の中にあった。
「貴様っ―――!!」
体中の熱が回り、熱くなる。手を伸ばすが、躯は余裕でそれをかわす。
「おっと。まだまだ隙だらけだな。」
若いな、と笑うが、瞳は笑っていなかった。
右手で飛影の氷泪石をかざす。


水樹奈々さんの LINKAGEを聴いていて浮かんだ話です。
1話目に入れようかと思って居た幽助サイドの部分を足しました。
蔵馬はいつでも飛影の言う事を聴いて頷くだけではない、と言うのも
ありかな、と思いましたので…。
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