LINKAGE 3





「これはお前に返すわけにはいかない。」
「なんだと!?返せっ…」
チャリ、と剣を抜き出そうとする飛影だったが…
「ぐっ…!」
その瞬間に、腹に痛みを感じる。飛影の動きより、躯の動きの方が速かった。
「まだまだ甘いな。お前なんか、ただのガキだ。」
思わず腹を押さえた飛影に、躯の声が降ってくる。ギリ、と飛影は躯を睨みつけた。
「だまれっ…」
それでもまだ手を伸ばすが…。さっと、今度も躯は氷泪石をその手から逸らす。 「他の者には渡せないか?」
まだ燃える瞳をしている飛影に、突き刺さるような躯の声が響いてきた。
「当たり前だっ!」
叫ぶように飛影が言う。

「同じ事だ。」
冷たい声だった。
「なくせないものが、お前にあるように…。」
ハッとして、飛影はもう一度剣の飾りを見た。

ハッと気付くと、躯の姿はもう無かった。言うだけ言って、さっさと部屋に戻ったらしい。

「くそっ…。」

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人間界の空を、蔵馬は黙って見上げていた。
あれから三日…。
魔界から帰って来て、夢中で仕事をした。
企画はもう少しで終わりを迎えるので、纏めることで忙しかった。
残業もあり、遅くなることで、却って飛影の事を考える時間が無かった。
それが、三日経った今日、波が去って定時に終わってしまった…。
前は嬉しかったことが、今は心地悪い。

明るい気持ちになれないまま、マンションに帰る。
寄り道をするようなテンションにはなれなかった。
はあ、とため息をついて鍵を取り出す。
何だか疲れた…。
食欲も湧かない…。
そう思ったとき、あるモノに気付いた。
「幽助…。」
部屋の前に袋が掛かっている。コンビニの袋だろうか。透けて見える中身は、おにぎりだった。
クシャ、と袋を開けて中を確認すると、ひらひら、と髪が落ちてきた。
『食べなさい.』
直ぐ目に入ったのは、走り書き言葉。
「くすっ…」
こみ上げてくるものが、声になった。よく見ると、おにぎりと、インスタントの味噌汁が入っている。
おにぎりは、幽助が作ってくれたようだ。
「心配性なんだから…。」

幽助のおかげで、一人だけの部屋の中にも、温もりがあるような気持ちになった。
くすくす、と笑いながら部屋の鍵を開けて、届けてくれたものを食べた。
「ありがとう。」
それをそのまま、メールにする。
そう言うと、力が抜けてきた。
「ふあ…。」
眠気が襲ってきて、あくびをする。このまま眠ってしまいそう…。
そう思った。

しかし―――

「―――!!」
ハッとして、蔵馬は窓を開けた。ガラガラ、と勢いよく窓を開けて空を見上げる。
一気に身体が緊張して、神経が研ぎ澄まされる。
「飛影―――!?」
思わず、その人の名前が出る。夜の風に流されて、蔵馬の髪が靡いた。
血の臭いがする―――と思った。
人間界の空気に混じっているわけではない、それを直ぐに感じる。
なのになぜ、血の臭いを感じるんだろう。
思考が纏まらず、でも何度も名を呼ぶ。
「飛影―――!?」
しかし答えが返ってくるはずもなく、蔵馬の声は夜の闇に消えた。
ドクン、と心臓が早鐘を打つ。
魔界のことまで見えるはずはない。
でも、分かる。
この血の臭いは、飛影から漂っている。

―――飛影!!
行かなくちゃ。

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まさか、と思った。
しまった―――と。
飛影は自分に舌打ちをしたい気持ちで、そう思った。

その日、パトロールは何事もなく終わっていた。
「ちっ―――相変わらず退屈だぜ。」
そう言って帰ろうとした、その瞬間。
ザザッ、と草が揺れて音がした。振り向くと、今まで気付かなかった妖怪が、飛影と時雨を
囲んでいた。
くそ!!この俺が気付かなかったなんて―――!
そう思いながら妖気を高める。
激しい自己嫌悪を感じながらも、ぐっと剣を握る。

そこからは、映画のようだった。
無駄のない動きで妖怪達を切り刻む。襲いかかってくるやつを楽に交わし、報復を見舞いする。
格下の相手は、矢を用いて飛影達を仕留めようとする。だが、飛影の方が数段速かった。

ギャア、と声がして、飛影が感じた、しまったという気持ちは直ぐに消えた。
「身の程知らずが―――。」
一瞥して、今度こそ戻ろうとした―。
それが終わり―の、筈だった。
しかし、次の瞬間、空気を裂く音がした。
「飛影!」
時雨の声がした。振り返ると、何かが飛んできたのが見えて…。

仕留めた筈の妖怪が、虫の息の中、最後の報復と、矢を投げてきたのだった。
ヒュン、と音がしたのを感じた飛影が、避けようとするのが一瞬遅れた。
少し遠くで、時雨の声がした。

「飛影…!」
そう声がしたが…。

バッと、飛影の前に飛び出した影があった。
飛影の前で、白い影が赤に染まった。

「蔵馬殿!!?」
ゆっくりと、飛影の視線がその人を認識していく。
飛影の目の前を、ゆっくりと蔵馬が倒れ込む。

まるでスローモーションだった。
飛影の前で、人間界の白いシャツ姿の蔵馬が…ゆっくりと倒れ込む。
目の前に飛び出したのがこいつだと、認識するまでに、何分かかかった気すらした。

白いシャツが、矢を受けて赤に染まっていく。
一瞬だけ目があった気がした。
蔵馬は微笑んでいた…そんな気がした。

幻聴だろうか。ひえい、と呼んでいた気がする。
時雨の腕が出されて、蔵馬の身体を受け止める。

遅れて伸びた飛影の腕が、そのままおろされた。

「飛影、何をしている!早く戻らねば。」
時雨の声がした。
思わず遅れて、頭が混乱するまま、飛影は時雨に並んだ。
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「蔵馬が?」
女王は、驚きに声を大きくして身を乗り出した。
「はい。とりあえず医療室に運んでありますが…。」
パトロールの報告のあと、時雨は事件を報告した。
「突然飛び出してきた、と言うわけか。」
「はい。蔵馬殿の妖気を感じては居なかったのですが――。」
ふ…む、と躯は腕を組んだ。
「どう言う事かは分からないが――。」

何かを感じた、と言う事だろうな。
そう言って、躯は立ち上がった。

「飛影はどうしている?」
「医療室の前にいます。」
運ばれた蔵馬は、そのまま医療部屋に運ばれた。意識のない顔が青ざめて、少しずつ、
息が浅くなっていく。
百足の医療は一流の中の一流だ。
きっと大丈夫だろう、とは時雨の言葉だが…。

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飛影は、腕を組んで、医療部屋の前でずっと立っていた。
どうして良いのか、はっきり言って分からなかった。
まさか蔵馬が飛び出してくるとは思わなかったし、別れを告げに来たはずの蔵馬が
突然飛び出した理由も分からない。

蔵馬が意識を取り戻したとして、どうして良いのか。

あの白いシャツの下には、華奢な身体があって、そして、血で染まっていたことは
想像できる。
それを見た瞬間わき上がってきた、ゾワっとしたものが、何なのか。
ただ、不快だった。蔵馬の白い肌が血を流すのは嫌だ。
どうしたって、あの武術会を思い出してしまう。

「だから言ったじゃないか。」
何度となく、蔵馬に言ってきた。後先考えて行動しろ、と。
大丈夫ですよ、と微笑むから、言い返せなくなったが…。
今は、言った通りじゃないか、と思う。
だから血に染まるんだ、と…。

目の前で倒れ込んだ蔵馬の瞳が閉じられて、ひやっとした。

しかし…それよりも…何故蔵馬が。
色々なことを思い、落ち着かずにいる飛影の沈黙を、少し高い声が破った。
「お前でも、落ち込むことがあるんだな。」

からかうような言い方で、瞳だけが真剣な、女王が立っていた。
「何しに来た。」
飛影は、条件反射で躯を睨んだ。だが、いつもの迫力に欠けている。


水樹奈々さんの LINKAGEを聴いていて浮かんだ話です。
2話目で蔵馬の別れを告げたあと、飛影はどう思うか、とか色々考えました。
幽助が、こう言うとき助けてくれそう、と思いましたので。

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