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初めて飛影を見たとき、百足の中では余り見ない、刺々しい瞳に驚いたものだった。
しかし、その剣技には目を見張るものがあり、自然、動きを目で追うようになった。

連むこともなく、特に誰かと喧嘩をすることもないがベタベタすることもない、
気を許している相手が居るのかも分からない…そんな感じだった。

国家が解散しても百足には…どう言うわけか…躯について行く者が残り…そして
何ヶ月も経った。

そして、おや、と思った。
飛影はただ感情がないわけではなく…たった一人に向けてだけ…穏やかな
表情をする。

小さな用事を作ってここを訪れる、その黒髪の人は、美しい主に挨拶をすると、
いつも飛影の部屋へ入っていった。
百足にいる者達とは違う雰囲気の飛影を見ている内に目に入った、少女のような、
その人を、 飛影とは違う意味で追い始めた。

蔵馬は時々百足に来ては、躯に色々贈り物をし足り、躯からの依頼の品を渡したり
していた。

ふわりと甘い香りを漂わせて通り過ぎるその人を見ている内、気付いた。
礼を言って百足を去るとき、蔵馬はいつも、言葉に出来ない表情をしている。

また来いよ、と蔵馬を送りに出てきた女王に、微笑みを返すが…決して、ただ
笑い返している わけではない…ことに気付いた。
飛影との短い時間に切なさが溢れているのか、と思っていたが、そうではないの だと、時雨は思った。
ほんの一瞬、蔵馬は、眩しそうに躯を見て、そして飛影を見つめる。
強さと美しさと余裕とを持ち合わせている女王に、蔵馬はどんな思いを
抱いているのだろう。

飛影に向ける瞳には、滅多に見せない熱が揺らめいていて、それを見せまいとする
蔵馬が 綺麗だと思った。

だから、蔵馬の言葉には驚きよりも、戸惑いを感じた。

『あと、お別れを言いに来ました。今までありがとう。』
あんなに熱い瞳をしていたのに、飛影と離れるのか、と思った。
思わず口を出しそうになった。

あの日一瞬だけ触れた蔵馬の細さが蘇った、蔵馬の表情とともに。
それは数ヶ月前、蔵馬が届け物をしに来たときのことだった。
俺の部屋で待っていて良いぞ、と言われて躯の部屋にいた蔵馬は…
連日の社会生活での疲れから、躯の机の上に顔を伏せて眠っていた。

偶然躯の部屋の前を通りかかった時雨は、少し空いた扉から、それを見つけた。

長い睫毛を伏せて眠っている蔵馬に、ブランケットを掛けたとき、蔵馬の肩に触れた。
時雨が蔵馬と直接言葉を交わしたことは余りないが、蔵馬のことを見ていたことは、
何度もある。

飛影が何かを囁いたときに、蔵馬は少女のような瞳をして微笑んでいた。
『あと、お別れを言いに来ました。今までありがとう。』
けれどそれは違う気がした。

少し痩せた蔵馬が飛影に向けた背を見るとき…手が出そうになった。
それで良いのか。
本当は言いたいことがあるのでは…。

あの薬草を作るのがどれだけ手間がかかるのか、自分は知っている。

飛影のためにそれほどの手間を掛けたのだ。
飛影を責めることは簡単だと思った。
ただ、それは違う気がする。どちらが悪いというのではないと言う気もする。

蔵馬が飛び出したとき…予想外のことに飛影が、飛影の手が出なかった。
蔵馬の身体を受け止めたのは自分だった。蔵馬の軽さを感じた。

血を流す蔵馬を運んだのも、自分だった。
その間飛影は蔵馬をじっと見つめていた。

蔵馬の汗を拭いていると…小さな声が聞こえた。
『飛影…ごめんな…さ…』
浅い呼吸の中で、確かに聞こえた声に、時雨は苦笑した。

「目覚めてから話しをなさると良い。」
夢の中を彷徨っていた瞳が少し開かれて…
「しぐ…れ。」
包帯を替えている時雨の腕を、力なく蔵馬の指が彷徨う。
「ここ…。」
「百足の治療室だ。覚えて居るか。」
「…飛影は…。」
「飛影は無事だ。」
「…そう…。」
良かった、と言って蔵馬はまた浅く呼吸をした。
「飛影に…伝えてください…。」
蔵馬が時雨を見つめた。
「ごめんなさいって…。」
それから、と言いかけて、口をつぐんだ。
「蔵馬殿…?」
「何でもないです…。」

「どうした…。」
しっかり包帯を巻くと、もう一度汗を拭いた。
「…ずっと、好きでいます、って…。」
問いかけても、きっと、ずっと好きなままで居る癖に。
「蔵馬殿。」
額の汗を拭いて、時雨は道具を片付け始めた。
「それは、飛影に直接言うべき事だ。」
その前に、ゆっくり眠れ、と付け加える。
ぴく、と蔵馬の指が震えて、そしてシーツに落ちた。
「そうですね…時雨、ありがとう。」
流れそうだった涙は零れず、蔵馬は眠りに落ちた。


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