No Way To Say1

モクジ


茜さす 紫野行き 標野行き
野守は見ずや 君が袖振る



綺麗な嘘をつきましょう
誰よりも綺麗な
笑顔で嘘をつきましょう





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暖かい、夜だった。舞う声に、笛の音が重なる。

艶やかな少女たちが笑い合う。薄紫の花が、そこにいるひとを包み込む夜。


賑やかな宴の中でたった一人、音に興味がなさそうにしている者が居た。

飛影、と言うのがその名前だ。―侍女に、にこりともせずに座っている。
彼は皇族…この国の第二皇子―隣で、第一皇子の鴉が、満足そうに、酒を飲んでいた。
飛影は、酒を一気に飲み干した。宴が終盤に差し掛かったところで、
そっと喧騒を抜け出した。
誰も、気付きはしないだろう。



ため息をついて、裏庭へ抜け出すと、そこは静かだった。
冷たい風が、心地よい。
端の木に寄りかかって、風の心地に身を任せる。
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今宵は、妹も宴を見ていることだろう。

…と、ふと、聞こえてくる小さな笛の音に、飛影は閉じていた目を開けた。

楽とは違う。消えそうな音。
突然、白い姿が浮き上がって、黒髪が飛び込んできた。

飛影に気付いていない。

指先の白さに目を奪われて、飛影は動けなかった。

あと少しで飛影にぶつかる、というその瞬間。

「あ―!」
ハッとして、相手は、目の前に迫った人に気づき、顔を上げた。
音色が、消えた。
「すみません。誰もいないと思ったので…」
そして次の瞬間、目を丸くした。
飛影の胸の飾り、赤い宝飾。


皇族のしるしだった。


「あ、飛影―様」
その人は、飛影の名を思い出したようだった。

「も、申し訳ありませんでした!」
声は、地面に吸い込まれそうだった。


「いや、俺もすまなかった。お前、笛吹きの者か?」
逃げようとした相手の腕を掴む。丸い瞳。少女のようだった。
相手の腕は、細かった。


「はい」
僅かに、腕が震えていた。

「名は?」


「蔵馬と、申します」
少年は怯えたように飛影を見上げてきた。

「お邪魔を致しまして、申し訳ありませんでした」
飛影は、掴んだ腕を、離した。

「気にするな」
言うと、蔵馬は飛影を見上げた。

「え…?」
「そうだ。抜け出してきたところだ」
心底つまらない。

「なんだ?どうした?」
黙り込んだ蔵馬は、小さく笑った。ふわりと。

「いえ、意外で…」
そう言って、口を袖で押さえる様は、少女のようだ。銀色の耳飾りが、
月の光に反射した。


「俺は詰まらん。お前、いくつだ?」
「はい…十五です」
-

-
小さな声で、蔵馬は返答した。――十五…
飛影よりもいくつか下だ。その年であれば、瞳が幼さを残
しているのも頷けた。
「そうか」 ――と、その時。
「飛影様!どこにいらっしゃいますか!」
侍女の声が聞こえてきて、飛影は弾かれるように現実に帰
った。
白い姿が、消えた。
その時、飛影の足元に、何かがことりと音を立てた。銀の首
飾りだった。
飛影の手の中で、それは煌めいた。
銀の光と……淡くて甘い香り。飛影の中に、不思議な甘さ
が残った夜。
花の咲き誇る夜。細い月が光っていた
モクジ
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