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No Way To Say10 -紫のにほえる妹を憎くあらば 人妻ゆえに我恋秘めやも--
No Way To Say10
紫のにほえる妹を憎くあらば 人妻ゆえに我恋秘めやも-
それから少しすると、紫の花が満開を迎えた。
宮廷では、大きな宴が開かれていた。
様々な領主達が、鴉や飛影のところに挨拶に来る。
「少しは笑って見せろ、ほら」
飛影は一瞬だけ鴉を見た。
「全く、愛想の無いやつだな」
「うるさい」
鴉は顎をしゃくって、謡い子の娘を指差した。
扇は空を一周し、娘の手に舞い戻って来た。
しかし飛影の視線は、鴉の脇に居る、その姿に移される。
ぎこちない微笑を返す、その人を鴉が、何度も名を口にするのが聞こえる。そのひとが鴉の杯を受ける姿が、見えた。
薄桃に染まる頬が、痛かった。水色の帯は、鴉の好きな帯だ。
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白い指が、鴉から盃を受ける。
「美しい響きを聴きたくはありませんか」
一堂が、静まった。女官の視線が、いっせいに鴉に注がれる。
「この、笛の音は本当に素晴らしい」
蔵馬は、立ち上がった。
一瞬だけ、飛影の視線が流れる。
「…はい」
蔵馬の紡ぐ音は、出会ったあの時よりも、洗練されていた。
大きな拍手が、蔵馬を包む。
蔵馬の腰を引き寄せ、鴉は深く口づけた。
蔵馬の瞳が、伏せられた。
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「くそっ…!」
カラン、と短剣が音を立てて落ちた。
「くそ…!」
広い部屋の中、苛立ちの声が響いた。飛影だった。
「愛する…だと?」
殴ってやりたかった。
「誰を!」
投げられた剣は、その勢いのまま、派手な掛け物にグサリと刺さる。
蔵馬の唇が、鴉の口付けを受ける一瞬、僅かに身じろいだのを、見逃さなかった。
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季節が変わると、蔵馬の噂は、少しずつ宮中に広まっていた。
「あら」
女官たちは、遠く見える二人の姿に、足を止めた。
「お人形のようね」
「女官達だ、私たちを見ているぞ」
「え?」
蔵馬は、視線を追った。
「お前が可愛いから、噂をしていたのだろう」
囁く声は、こういう時は優しい。染まった頬は、恥じらいのためか。
「そんなこと…」
「ないわけないだろう」
樹の下で、鴉は頭を撫でた。
「こんなに綺麗な」
鴉からは、蔵馬の丸い瞳は、見下ろせる。
「向うで、見ています」
「知っている」
鴉は言うと、蔵馬の項を撫でた。女官の囁く声が、した。
離れていてもわかる、蔵馬の声は、女たちも刺激する。
「何を恥ずかしがることがある」
「だ、だって」
「まあ、そう逃げるな」
蔵馬の肩を引き寄せた。
『一番愛される』
沈黙しては、頷きあう。女たちは、何も知らない。
…鴉様のお気に入り…可愛い、鴉のお気に入り。
しかし数ヶ月が経つと、女官達は、蔵馬に隠れて囁きあうことが多くなった。
…蔵馬様は、鴉様の、お人形…
蔵馬の、静かに、池に手を浸して歌う姿が、噂になった。
『鴉様はあんなに近くに』鴉は、木の下で、近臣となにやら語り合っている。蔵馬には目をやらずに。
蔵馬も、皆が自分をどう言っているか、知っている。
「つめた」
それでも、鴉は蔵馬を手放す気配はなかった。
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「…―!!」
高い音が、小さな客間に響いた。投げられた紙のように、蔵馬のからだが転がった。
「鴉様!」
女官が割って入る声がした。
「蔵馬様…」
「お前は下がっていろ!」
ツカツカ、と言う靴音が響く。それは遠くも近くにも思えた。
そして、衝撃が走った。
蔵馬の手のひらを、鴉が靴で踏んでいた。
「手を出すな。こいつは所有物だ」
女官も突き飛ばして、出て行けと、扉に視線を移す。
女官は、青ざめて出て行った。
そこには、蔵馬と鴉だけが残された。
「お前の主人は誰だ」
「…っあ!!」
乾いた音は空気を割き、痛みに蔵馬は顔を上げた。
床に擦れた腕に出来た赤い傷。
息を飲むと、もう一度何かが掌に触れた。
主の靴先が、見えた。
「あ!」
本気の力だった。
朱に染まった白い手は、解放されても、ピクリと動きもしなかった。
手首の感覚は薄くなり、蔵馬は指先を彷徨わせた。
夕べ、鴉は機嫌が悪く。
蔵馬が何度も失神しかけても、満足するまで突き入れた。
蔵馬は真っ赤になって、秘部を曝け出した。
『中も全て、あなたのものです』
青ざめた唇で、鴉に口付けて、舌を差し出した。
そして、今日、思うように笛が奏でられなかった。
後半に差し掛かったところで、一拍子遅れた。
ふわりと、体が浮いた。…鴉の腕の中。
「…何を…」
考える隙は、なかった。
走った痛みに、顔を上げこともできなかった。
――白い体は、寝台に投げつけられていた。
柔らかな布に沈み込む。何かが裂ける音が、聞こえた。
薄布裂かれ舞う様を、呆然と蔵馬は見た。
「ぬ、脱ぎますからっ!」
「黙れ」
途端、腰から締め付けが消えた。帯が抜けていた。
「逆らうな」
股に気配を感じると、蔵馬のからだが跳ねた。
布切れと化したものの隙間から、入り込む指。
突然のことに、蔵馬の力が抜ける。
背中に、汗が滲んだ。
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