No Way To Say14

   爪先の輝きは果てなく遠く  

「…なんだって?」
王妃と国王に、声を出したのは飛影だった。
吸い物の椀を乱暴に飛影は置いた。

「だから、結婚と言ったのだ」
「お相手は、大陸の方、式の日付も決まっていますの」
「私も、もう良い頃だしな」
鴉が、笑い盃を傾けた。王妃の言葉を、頭で組み立てる
「お前もこれを機に、大人しくしろ」
場の視線がそっちに注がれる。
「父上…今世話をしている者たちのことですが」
飛影が鴉を見た。
「私の身辺の世話係にいたします」
「お前が言うことも一理はある」


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-王は渋い表情をしていた。

―その話は、宮廷中を駆け巡った。風のように。


蔵馬は、一人、池の脇に座り込んだ。ひとの目を気にし隠れるのも煩わしい。
水面に映る、自分の曇った瞳。
鴉の
婚姻は、前例のない勢いで実行される。

嫁を迎える方が、やっと手に入れた話だと言う。
ぼんやりと、蔵馬は小さな花を見た。

鴉には、お前の立場は確保してやると言われた。
『名目上は私の世話係だが、まあ安心しろ』


「それ…なら」
自分を、手放してくれればいい。
宮廷を追い出された少女のように…。


水面に映る自分の顔は、歪んでいた。
笑おうとして口を上げると、引きつった唇だけが見えた。


いつでも、水はあるがまま映す。

今はそばにいないのに、鴉の声が聞こえる気がした。

そばに置くから…。


その言葉が、頭を駆け巡る。耳を塞いでも、何度も。


庭の道を、蔵馬は走り始めた。



「はぁ…はぁ」
出来る限りの力を出して、人の目のないところまで走った。


…どこでもいいただ遠くへ…。

けれど。

蔵馬は、ハッと立ち止まった。


飛影と、初めて会った樹だった。

あの時から、二人は近くて遠い場所に導かれてしまった。
終わらない迷路をたどっているようで。
――幹に指を添わせると、誰かの気配がした。


「あ…」
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濃い青の袖が目に入ったのと、黒髪がその人に映ったのは、
どちらが早かっただろう。


先の言葉は、出なかった。
飛影が、唾を飲む。
風に舞い落ちた葉に、蔵馬の足が触れた。

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