No Way To Say 19

モクジ

一つ季節が過ぎ去った頃、皇太子妃は苛ついていた。
「姫様…」
「又、鴉様は来ないのかしら!」
姫君は、感情を隠すことを知らない。
「姫様」
無邪気とは、時として恐ろしい。
「そういえば、聞いたことあるわ」
「はい?」
姫君は、純粋な嫉妬に包まれていた。
「鴉様に、凄くお気に入りの者が」
聞いたことはある。
鴉のお気に入りで、白い肌に、透き通る音色を持つ者。


「…教えなさい!」
純粋でわがままなお姫様は詰め寄った。

「蔵馬さまと言うそうですが…」
乳母は、勢いに押されてしまった。
その名を聞いた途端、姫の目が釣りあがった。

「宴に出ていた子ね」
姫は、そのまま乳母に何事かを耳元で囁いた。

「な…!」
悲鳴のような乳母の声を、姫の指が止める。


「早く伝えなさい」
姫君は、もう一度、同じことを囁いた。

初めて見る、姫君の嫉妬の表情に固まった。



『今日一日好きにしていい』
宮中を皆が出払うその日、蔵馬は解放された。足は痛み
を訴えたが、それでも廊下に出た。
白い窓から見えた庭の先に、青い花が咲き誇る庭園。
「綺麗…」
引かれるように、階段を降りようとし、足をかけ…。


――次の瞬間、目の前が揺らいだ。

モクジ
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