No Way To Say2

モクジ
予 感


春の宴が終わると、暖かい風が国中を包みだす。
宮中の者たちには、部屋が与えられていた。

蔵馬にも部屋があった。
蔵馬は、ぼんやりと、月を眺めていた。
ここは、氷の城のようだと思う。
流されるようにここまで来た。蔵馬は肩を震わせた。


「さむ…」
扉を閉めようと立ち上がった、その時。

庭に誰かが居る気配を感じて、蔵馬は庭へ飛び出した。
身を硬くして、辺りを見渡す。葉の擦れる音がした。
けれど、確かに感じる気配。
それは、あのひとだった。


「お前…」
目が合ったのが蔵馬だと知って、飛影も驚いたようだった。
飛影は、フッと力を抜いた。



飛影には妹が居た。

直ぐに倒れる妹が気にかかって、飛影は自分の棟を抜け
出して雪菜に会いに行くのだった。
又出会うと、思っていなかった。

「この棟の向こう、妹が居る」
真っすぐ、蔵馬を見る。


「そうですか…。この間は失礼致しました」
「いや。良い調べを聞かせてもらったからな」
飛影は優しくそう言う。


「良い調べ?」
「そうだ」
そう言うと、蔵馬は黒い瞳を輝かせた。
「本当ですか?」
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「…ああ」
蔵馬が小さく笑った。飛影は、こんな風に、微笑む人を見るのは初めてだった。

――良い調べ…

「俺もお前の邪魔をしたからな」
あの曲を最後まで聴けなかった。
「飛影様?」
「それよりも」
「はい」
「あれを、もう一度聴きたい」
「――え?」
「吹いてくれるか?」
少しだけ沈黙して、蔵馬は頷いた。

あの時以来、離れなかった優しい音色。
白い、銀の光の相手。

―また出会えた。
――きっとまた、自分は、この人のところに、来る。
そんな予感が、蔵馬はした。
モクジ
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