No Way To Say 21



「う…ん…」
ほんの僅か、光が指して、蔵馬は瞳を開けた。
暗い空間には、少しずつ慣れていた。


「目が覚めたか」
予想通りの声が降ってきて、蔵馬は主を見上げた。
「まだあいつを忘れないつもりか」
鴉が、笑っているのか怒りなのか、分からない。


「分かっているのか!」
ドッ、と蔵馬は寝台に投げ出された。

まだ痛みの引かない全身が、限界を訴える。
「いつまで忘れないつもりだ!」
征服者の瞳は、黒く深い。
「…私を見ろ!」
鴉は叫んで蔵馬の胸元にくらいついた。
突起に歯を立て、臍のあたりまで犬歯を立てる。
「…いっ…!」
立てられた歯は、蔵馬の体を裂く…と思うほどだった。
「…飛影のことは」

言いかけて、蔵馬は言葉を飲み込んだ。
「…いつも、そうだ。私を見ていない」
「…っ…」
――長い爪が、蔵馬の手首に食い込んだ。
「ふっ…ぐっ…」
「あいつと結ばれることが、あると思うか?」
揺らめいた蔵馬の瞳が、そこで止まった。蔵馬にのしかか
った鴉は、笑っていた。


「お前を正式に迎えることがあるとでも思うか」
クスっと笑い、鴉は羽織を拾い、紋章をかざした。
「そばに居て、何が変わるというのだ」

鴉は、ゆっくりと耳元で囁いた。ふっと、長い腕が離れた。


「いいことを教えてやろう」
ゆっくりと、鴉は続けた。

ゆっくりと、鴉は続けた。
「そろそろ、婚姻の話も決定するだろう」
「―え?」
「何を驚くことがある」
クックッ…
「…当たり前のことだ」
おかしな話でもないだろう。鴉は、蔵馬を見下ろした。


…―逞しい腕が、記憶から蘇る。
『無理するな』
『…よく似合う』
飛影がくれた首飾り。



「ははッ…哀れだな、お前が!」
「っ…」
頤を取られた蔵馬は、弾けたように、鴉の手を払った。
それでも、求めている腕は、この人じゃない。


「だ…め!」
それでも。蔵馬は鴉を突き飛ばして、部屋を飛び出した。

後ろから、鴉が追ってくる気配はなかった。

蔵馬は何度か振り返った。

荒い息をして、蔵馬は走った。廊下を抜け、白い階段を抜けた。
だから、気付かなかった。

紋章の扉が続いていることにも。ふと、何かが、その肩に触れた。
「…!」





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