No Way To Say 22
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触れそうな距離に、いた人は、蔵馬を見て言葉をなくした。
「何を泣いている」
触れたものは、飛影の手だった。
「…飛影」
息がかかる距離に、飛影はいた。
「夜風に、当たっていた」
飛影は、蔵馬を見た。
「どうした。何を泣いていた」
肩に触れた布…飛影の上着だった。
「いりません」
…視線を、地面に落とす。
「いりません。…なんでもないです」
「どうした。あいつ…」
「違います!」
空気を割く音がした。…蔵馬は、飛影の手を振り払っていた。
一瞬、飛影を睨んでいるようにも見えた。
気圧された飛影に、向けられたのは笑顔だった。
「おめでとう、ございます」
「―何?」
「ご結婚、なさるのでしょう」
飛影は、息を呑んだ。蔵馬は一歩下がり、頭を垂れた。
臣下が敬意を表すために行う、ものだった。
――蔵馬が何故知っているか、愚問だ。
それ以上、言えなかった。走り出すしか、出来なかった。
……あの腕が。何も変わっていなかった。
ただ、自分だけが痩せ、からだが染められていく。
…飛影のあの腕が。他の人を抱いて…広い胸に飛び込むのは、許された身分のひと。
決して辿り着けない。
青い瞳が、自分を射抜くことはなく、雲のように消える…。
流れた雫を、拭う気も起きない。暗い部屋に戻ると、蔵馬は鏡を見た。
…まるで女の子だ。
自分の黒い瞳が濁って、惨めさだけが漂っている――飛影が女を伴う姿を、
この目で見てどうして、と叫びたかった。
どうして出会ってしまったのか、鴉がいるのか。
どうして、生きていかなくてはならないのか。
蛇口をひねり、思い切り水を出す。両手を浸し、何度も擦り合わせる。
全ての感触を、拭い去るように…。
その時、ふと、蔵馬の瞳にあるものが入ってきた――鴉が置いていったもの。
紋章の入った刀。
片手に収まるそれは、重かった。
吸い寄せられるように、手が伸びる。白い手に、あっさりと収まった。
上品に彩られているが、刃は、一瞬で血の末路を導くだろう。
蔵馬の瞳が、見開かれた。
上品に彩られているが、刃は、一瞬で血の末路を導くだろう。蔵馬の瞳が、見開かれた。
鴉が持っているほどに、しっかりとした刀だと言うこと。
喉が鳴った。瞳が、僅かに色を帯びる。
唇の端が、上がった。
瞳を開け、蔵馬は小さな笑いを響かせた。
「ふっ…あは…」
指先まで水に浸した…。今はきれいだ。
「きれい、だから」
何度も手を洗った。だから、この刀にふさわしい。
柄から刀を抜いてみる。その光は、まるで宝石のような輝きを放っていた。
「ちゃんと、綺麗になったから…」
飛影が他の誰かを抱く姿を見るなんて…。
「嫌――」
我慢するだけの人形…なんて。だから。
ザッ―と、空気を切る音がした。鉄のにおいが広がった。
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