No Way To Say 28

最果てに 桃雨の音

隠れ家で暮らす日々は、それなりに幸せだった。
時々訪ねてくる幽助は、自分の知り合いを紹介してくれた。
ここを知っているのは、幽助が心を許した数名だけで、蔵馬は、時折歌を歌った。



――今頃、どうしているだろうか
蔵馬が消えたことよりも、きっと。隣で眠る飛影を見つめて、蔵馬は思う。


きっと、飛影が消えた事のほうが大きい。
判っている。...これは、つかの間の休息で、夢のように、消えるかもしれないと言うことも。


一瞬でも、今を、焼き付けたい。




一つ季節が巡ると、薄桃色の花が咲き乱れる時期が訪れた。


飛影は珍しく、村に行くと言っていた。どこへ、聞くと、飛影は黙って蔵馬の髪を結んだ。



宮廷にいたときとは違う髪をしろ、と飛影がいつも言う。



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--遠くに、馬の声がした。蔵馬が布を被ると、音は近づいてきた。


「お邪魔いたす」
ヒン、と馬の啼く声がして、男が降り立った。相手を威嚇するような渋い声。

馬の声で、気づいた。真っ赤な紋章が、胸元に飾ってある、黒い軍服。

蔵馬の背に、汗が流れた。


「そなた...宮中に...」
誰何なのか、確信なのか測りかねる声だった。

「拙者、時雨と申す」



怒鳴るでもなく、暴行するわけでもない、ただ何故か蔵馬 は動けなかった。


「存じているであろう」
何を、とは言わず、時雨は、蔵馬の正面に立った。脅す響きはないのに、逃げられない。


「宮中から、いなくなったものが」
「し、しりませ...」
時雨の眉が、上がった。


「そなた、皇子を誑かしたのであろう!」

「知りません!飛影様のことなど!」
これが、軍人として、上に立ち続けてきた者の纏うもの。


蔵馬など、簡単にひねり潰せるほどの力を感じた。


「そなた、王家に恨みでもあるのか?」
時雨の目が細められる。...と、空気が震えた。



「蔵馬!」
飛影の、声だった。


「...飛影様!」
時雨は蔵馬を離すと、一礼した。


「時雨―!」
飛影の瞳に映っていたのは、今は時雨だけだった。
蔵馬の白い体は、その腕に収まった。


「極秘に命を受けてきたのです」
凛とした声で時雨が言い放つ。


飛影は、フン、と笑った。
「悪いが、盗賊騒ぎで消えたことにしろ」
「飛影様!」


「俺の居場所は元々、あそこではない」


スッと、今度は飛影が刀を抜いた。
「飛影!」
「やるならやって見せろ...俺に、敵うか」

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