時雨は、すっと刀を脇差に戻すと、飛影を見つめた。
自然、その目が細められる。飛影も時雨を見た。
時雨が、飛影と対峙する姿は、本当に威嚇している獣のようだった。
蔵馬の瞳が、ゆっくり伏せられた。――夢は終わる、白い体が身じろいだ。
「...負けだ」
時雨は、一歩下がった。
遠くで、鳥が飛び立った。
「ここでは見なかった...そのように報告しよう」
時雨は、蔵馬を一瞬だけ見て、飛影を見た。
「そう、報告しよう」
飛影は、蔵馬を抱き寄せた。
「ここには誰も居なかった...」
カシャン...時雨が刀を完全に鞘に納めた音がした。
敬礼をすると時雨は、踵を返した。ヒン、と馬の声がした。
気配が遠く去なっていく。
「あなたの...」
唇が、震えた。
「そばにいても、いいの...」
...それだけが、望み。
「顔、上げろ...」
月を隠していた雲が、消えた。
「お前だけが、欲しい」
翳された白い手は、月の光に照らされた。
小さな指輪が、月に浮かび上がる。
「...ずっと、そばにいる」
離したくないと思うのは、どちらだろう。
夜の風が、拭いた。
fin
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