No Way To Say3

モクジ



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「今夜は風が冷たいですね」
黒髪が揺れた。


夜の風に流された黒髪は、その部屋の中で、唯一の色だった。

蔵馬はそっと、小さな窓を閉めた。
「寒いのか」
肩を抱いた、飛影の目に、あるものが飛び込んできた。


…紅い、花。

「…飛影?」
鏡台の上にある、小さな赤い花。
「あの花ですか?」
「ここでは見たことが無いな」
「都会では咲かない花です。」
そっと、一輪手の中に収めてみる。
「綺麗でしょう?」
「名前は何と言う?」
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「月茜…つきあかね、」
「つきあかね?」
飛影はその言葉で何かを、数日前の言葉を、小さな少女を思い出した。


…あかね。



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ある日出会った娘。

誰かの鳴き声に、飛影は部屋を出た。
飛影の目が止まった。庭の木の陰で蹲っていたのは、少女だった。


「何をしている?」
怒るでもなく飛影は聞いた。
「飛影様」
「どうした」
少女の涙に、飛影は口調を和らげて言った。


「今日で、ここを出ることになりまして」
「――?」
「あの、鴉様が、出て行けと」
飛影の視線が止まった。そう言うことか。
「お前…鴉の…?」

つまり、鴉に乞われて側室になったこの娘は、飽きられて捨てられたと言うこと
だろう。


これで何人目だろうか。
「お前、名は?」
「あ、茜と申します」

茜と名乗った少女は胸に荷物を抱えて、身を翻す。

一瞬手を差し伸べようとして…飛影は、その手を止めた。
鴉の噂は数知れなかった。
モクジ
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