Deep Freeze 4
ある日出会った娘。
誰かの鳴き声に、飛影は部屋を出た。
飛影の目が止まった。庭の木の陰で蹲っていたのは、少女だった。
「何をしている?」
怒るでもなく飛影は聞いた。
「飛影様」
「どうした」
た。
**
「この花は…お前が咲かせたのか」
「毎年、この花が咲くのが、楽しみです」
蔵馬は笑った。
「そうだな。良い花だ」
一枝、その花瓶から片手に収めて、手のひらに載せてみた。
-
「飛影…?」
蔵馬を、ゆっくり引き寄せる。蔵馬は次の瞬間に、言葉を失った。
赤い花びらが、黒髪に揺れた。
「あ…」
鏡でその姿を見て、飛影は一瞬目を細めた。色を添えただけで、絵姿のようだった。
「よく、似合う」
蔵馬は頬を紅く染めた。触れられたこめかみに、温もりが残る。
飛影が去った部屋で、蔵馬は頬を撫でた。
「飛影」
小さく名を呼んだ声は、闇に消えた。
**
「お兄様、どうなさいました?」
聞き慣れた声に、飛影は視線を向けた。雪菜の部屋だった。
数日熱を出して寝込んでいた妹は、やっと持ち直してきた。
「どうか、とは」
「最近何かありまして?」
「何か?」
どう言う意味だ、と聞き返して水を飲んだ。雪菜は、首飾りを手に取った。
「今日この首飾りが揺れました」
「揺れた?」
「今日の夕刻に、突然揺れだして」
小さな石が、雪菜の首で揺れている。ひびがあるのを見て、飛影はそれを
手に取った。
「気になったのです」
雪菜が幼い頃から身につけて離さないこの石は、雨が降る前などに、揺れ始める。
「戦の前兆じゃないのか?」
飛影は咄嗟に、今一番考えうる事を口にした。
「だって、お兄様が来る気配がして、揺れだしたんですもの」
雪菜の瞳が揺れた。
「だから、最近お兄様の身に何かあったのかと」
「起き上がるな」
-雪菜は、飛影の手を包んだ。
「何も変化などない」
雪菜を、横たえてやる。
「気をつけて下さいね」
「わかった。余計なことは考えずにいろ」
飛影はため息をついた。
・‥…━…‥・‥…━…‥・‥…━…‥・‥…━…‥
「わあ、凄い!」
高い声は、女官たちだった。大陸から届く布は、この国にはない柄が多く、
見るのは一つの楽しみだった。そこに、足音が響いた。
「鴉様…!」
鴉は無言で見渡すと、光るものを手に取った。小さな櫛。
「最近大陸で流行っている細工ですわ」
「一つ、いただこうか」
鴉の隣で、ある一点を見つめる瞳があった。
「これは、いいな」
小さな声が聞こえて、女官は引き下がった。
飛影だった。
それは、耳飾りだった。その一瞬の視線で、飛影のものになった。
**
「飛影……!」
駆け寄ろうとした蔵馬は、歩を止め、周りを見渡した。
この場所を提案したのは、飛影だった。
庭園がもう一個あると。
「金桜」の花が盛りだからと。
桜に似た花が、咲き誇っていた。
「今夜は誰もいない…だから」
外灯の無いここは、月の光だけが頼りだ。
蔵馬の耳飾りが、揺れた。
それが、ぽとりと落ちた。
「え…?」
風の所為ではない、触れた感覚…耳飾りが、転がった。
拾おうとしたのを、止めたのは、飛影の手だった。
「飛影…?」
掴んだ力は強かった。シャラッと音がした。触れた蒼のもの。
蒼色の、耳飾り。
「大陸から、届いた」
「あ…」
大陸からの献上の品、さすがにその意味くらい解る。
国をあげての派手な献上品の噂は、蔵馬だって聞いたことはある。
「これは…」
「お前のものだ」
遮ったのは、飛影の声だった。
「お前のものだ」
蔵馬の指に、飛影の指が絡んでいく。
…二人の唇が重なった。
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