No Way To Say7

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哀哭





「随分と遅いお帰りだな」
自分の部屋へと歩いていた飛影は、聞き慣れた声に、立ち止まった。

「…お前か、何の用だ」
嫌そうに飛影が相手を見る。この宮廷に引き取られてからの兄弟…鴉だった。
鴉は、笑いながら、自分の部屋の扉を半分開けて飛影を見た。

…こいつと話すほど、暇じゃない
飛影はそのまま部屋に入ろうと手を伸ばす。

「…お前には関係ない」
投げやりにそう言って鴉を睨んだ。余り相手にしたくない。

「こんな時間に、戻ってくるなとは」


笑って近づく鴉に、飛影は呆れた声を出した。

「人の行動を監視するのが趣味か」
「そう言うわけじゃない、珍しいこともあるものだ、と思っただけだ」

鴉は、ツカツカと飛影に近づいた。


「女が出来たのかと思ってな」
クッ、と笑い出した鴉を、飛影が睨んだ。


「鴉、邪魔だ、どけ」
飛影は無愛想に言って扉を開ける。



・‥…━…‥・‥…━…‥・‥…━


黒髪を梳いて、蔵馬は鏡を見た。
飛影が旅立ってから一週間。飛影は今、北へ、旅立っている。


「…船のりせむと月待てば…」
無事で、帰ってきて欲しい。


北での反乱の鎮圧に、飛影が向かっている。
そっと、首筋に視線をやる。遠征の数日前に飛影がくれた首飾り。触れるだけの。
いまはそれだけの温もり。

寝台を整え、扉を閉めようと、手を伸ばす。
鍵に手を伸ばしたとき、

「…え…?」
聞こえる音に気付いて、少し扉を開けた。

外から、チリン、と聞こえる音。
…この音は…
呼び出しの鈴の音だった。そっと、扉を開ける。
蔵馬のからだが震えた…寒さのせいではない。

女官が、立っていた。
「遅い時間に申し訳ありません」
女官は、一歩前に出る。嫌な感じだった。

「緊張なさらないで」
女官は、笑って、脇から小さな紙を差し出した。周りの女達が、笑った。

「…え?」
知りたくない…そんな気がした。

ああ、喜んでくださいませ。蔵馬様」
『あなたを、ご所望です』
僅かに、床がゆがんで見えた。

大きな眩暈が、蔵馬を包ん
だ。女たちの笑いが、響いた。一枚の紙切れ。

くっくっと言う笑いが聞こえる…気がした。


・‥…━…‥・‥…━…‥・‥…━…‥・‥…━…‥



ただ、蔵馬は俯いた。引越しは五日後。

蔵馬の部屋は鴉の
部屋の隣。飛影の目を、見られなかった。二人の間を。
風が舞った。

「命令ですから」
蔵馬の肩が跳ねる。
飛影の手が蔵馬の肩に触れて、強く樹
に押し付けられた。
何をどうしたいかも、わからないまま。
こんな時に何を言えばいいか、飛影は知らない…言った所で、意味があるのかわからない。
何かを言えば、どうにかなる
のか。

「…蔵馬」

何も浮かばず、飛影が小さくその名を呼ぶ。
蔵馬は、飛影を見上げた。
「解って、いますから」
少し距離のある言い方に、飛影が眉を顰める。
「有難いと思っています」
触れそうになった飛影の手を、冷たい白い手が振り払った。


「お前は…」
蔵馬は小さく笑った。。
「大丈夫です。ね?」
蔵馬は、人形のように笑った。
「もう、お部屋に戻られた方が」
「くら…」



スイッと、蔵馬の手が伸ばされた。
「蔵馬」
「勝手に出歩いた、と怒られますよ」
…指差したのは、飛影の部屋。
「…誰かに見つかったらいけません」
蔵馬は小さく笑った。


「ほら」


飛影は、初めて、蔵馬の言葉に逆らうことが出来なかった。




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