Precious Memories=WEB拍手小説=



ここで結婚式をしたんだ、と思い、丘の上の樹を飛影は見上げた。
この丘には今日も穏やかな風が吹いている。

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ある日突然そのひとは現れた。
飛影の家の庭に突然現れた人は蔵馬と言った。
自分が誰なのかも知らない、いや、覚えて居ない、どこから来たかも分からない
相手は、困ったように飛影を見つめた。


仕方がないので、記憶が戻るまでと思い飛影の家に居座らせることにした。

蔵馬はとても大人びた時もあれば、幼い表情をするときもあった。
ただ世話をしてくれる人という認識なのか、飛影の依頼には従順だった。
買い物してこいといえばいき、掃除を依頼すれば、すぐにやる。
そう言う日常のことは記憶があるのに、なぜか自分の過去の記憶はない。

家に来るお客には愛想よく振る舞い、良く飛影の家に来るひとはみな
”可愛い子がいるのね”と言って蔵馬を褒めて帰って行った。そうされると、
蔵馬はほんわかと笑った。

けれど蔵馬は、誰も知らない所で凄くわがままだった。


「捨ててきてよ!」
ある日飛影が猫を拾ってきたら、蔵馬がその猫をたたき出した。
「なんてことをするんだ!」
怒鳴ると、蔵馬は飛影を睨んだ。
「また…またそうやって…」
振り上げた手を、蔵馬はおろして、自分の部屋に引きこもった。
仕方がないので、猫好きな桑原にその猫を引き渡すことにしたが、蔵馬は時々凄く
わがままを見せることがあると、その時から分かった。


「バレンタインだから…」
チョコを持ってきた女の子に対しても凄く攻撃的だった。
「どうしてお前はそんなに他人に冷たいんだ」
ある日飛影が怒り気味に聞いた。蔵馬は、飛影を睨んでこう言った。
「……だって!どっか行っちゃう!」
「何が?」
「飛影が!」
「そんなことないだろう?」
自分は蔵馬には、記憶を無い者をまもろうと、色々気遣ってきたつもりだった。
友達が出来るよう、自分の知り合いにも紹介をしたし、出来るだけ家では
話しかけるようにもした。
「俺がいつお前を見放した?「だって!」」
蔵馬は激しく声を荒げて、飛影を遮った。
「またどっか消えちゃう!」
バタンと蔵馬は飛影の部屋の扉を閉めて出て行った。


それから数日、口をきいていなかったが、ある日蔵馬の変調がでた。

ぽとん…
「あれ…どうしたの」
母親が、落としたスプーンを拾って蔵馬に渡すが…
ぱたん…
それを取れずまた落としてしまった。
それから…
お風呂から上がってタオルをとるときも、間違えた。
電車の駅も間違えた…。

ああ、と今なら思う。
あの時期は蔵馬の終わりに急激に近づいていたのだ…。
それを境に、蔵馬はだんだんおかしくなった。

近くの駅の名前が言えない。
買い物の品を間違える。
…服のボタンを間違える…

「蔵馬…」
喧嘩のことも忘れて、すこしずつ飛影は本当の保護者になっていった。
ぺたんと座って飛影の部屋で、着替えさせてくれるのを待つ蔵馬は、幼すぎて…
頼りなさが却って何とも言えない気持ちにさせた。
もっと前であれば…手が出そうになり、けれど出せなくてと言う事もあった。
だが今はそれを通り越して、ただ気がかりだった。


ふわ、と蔵馬が倒れ込んだ。
「蔵馬!蔵馬…」
高熱を出して意識を彷徨う蔵馬に、氷枕を替えてやる。

「これは…きっとこの子は…妖狐だね」
幻海はそう言った。
「ようこ…?」
狐の妖怪。
聞いたことはある…。

ただ本当には信じていなかったが…。


ふと思い出した…小さな頃住んでいた家の庭に迷い込んだ狐…、数ヶ月で
去っていった飛影…。
不器用な手で、飛影は狐を撫でていた。きゅうん、と言って狐は寄ってきた。

「…お前さんを追って人間に化けてきたんだね」
「蔵馬が妖狐…」
「そうさ。だから、あの子の妖気は尽き掛けている」
ああ、と飛影は思った。

消えちゃう…誰かにとられちゃう…飛影が…
離れていく…飛影が…


蔵馬は段々言葉が操れなくなってきていた。

そうっと蔵馬を抱き上げて、飛影は丘の上に行った。
「…蔵馬…綺麗だぞ」
月のさえる夜……。
珍しく星が煌めいて居て、さわさわと風が緩く吹いていた。……月に照らされて、
蔵馬の黒髪が美しい。
「ひ…」
たまに、ひ、え、いとだけ言う蔵馬は、うっすら目をあけた。
「ほら」
白い花のネックレスを掛けて、花の指輪をはめる。その指先に口づけをした。
蔵馬に、こう言う意味で触れたのは初めてだった。


「蔵馬…ずっと。そばにいる」

風が吹いて、蔵馬が消えた。
妖狐の妖気がつきたのだと、飛影は悟った。
あの結婚式のことを、飛影は覚えて居る。
月がさえる夜はここに来る。
「蔵馬…」

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イメージ: 栗林みな実 Precious Memories
2014年8月28日までのWEB拍手です。普段はWEB拍手格納しないのですが、
今回は続きを新しいWEB拍手にしたので、前の話を格納しました。
美少女ゲームKANONをもとにした小説です。
飛影に救いを求める蔵馬、の話。
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