スピカの恋

微笑みたい、その隣で

その夜は、少し冷たい風が吹いていた。
パチン、と音がした。蔵馬が窓を閉めた音だ。ここに入れるのはただ一人、
それでも、自分が不在の時は鍵を閉める。


向かう先は一つ…。

魔界の、小さな丘の上だった。
幽助の国。幽助の国の、小さな丘。魔界の風は生暖かく蔵馬を迎えた。
幽助が偶然見つけたというその丘は、とても高い場所に合った。

頸を、汗が伝った。
魔界の丘は、遠く見るよりもずっと急斜面で、人の足にはきついものだった。
はあ、と荒い息をして、蔵馬はただ黙ってその丘を進んだ。



「蔵馬!」
明るい声がした、丘の上で、手を振っているのは幽助だった。変わらない
明るさに、蔵馬に浮かんだのは小さな笑みだった。
「ほら、もうすぐ」
「え…?」
漸くたどり着いた蔵馬を迎えて、幽助は大きく笑った。待ってたぜと言いながら。
あ、と言ったのは蔵馬だった。
「もうすぐあの時間だぜ」
少し離れた木の下に、飛影が見えた。
「一応俺の国の範囲だからさ」
俺から連絡したわけ。
蔵馬に耳打ちをして、幽助はひらひら手を振って、去って行った。


そっと、肩を抱いたのは飛影だった。
近づく蔵馬に手を伸ばし、そしてグイと引いたのだ。
グッと蔵馬を抱きしめたのは一瞬で、そして飛影は何も言わず唇を奪った。





群青に近い魔界の空を、その星はゆっくりと流れていた。
「わ…」
それしか、声が出なかった。煌めきと幻想を織り交ぜたような、星の
かけらが見えた。
「綺麗…」
流れる小さな煌めき。一つの糸になるようなその流れに、蔵馬は丸い瞳
を転がした。丘の上に今二人、ただ座り込んでいた。黒髪が風にながれて、
蔵馬は飛影を見た。
「飛影…」
ゆっくりと近づくしか出来なくて、蔵馬は声をかけた。人一人分空けている
二人の隙間がなくなった。そっと、飛影は蔵馬を見た。
「ほし…綺麗だね…」
「そうだ帰ってくる言葉。飛影の、低い声。
…それだけで、やっぱり…胸が満たされる。
「来て…よかった…あなたが、こういうのに来るなんて」
声が弾むのも、自覚していても押さえられない。
「…いるから」
「え…?」
隣から聞こえた声を、風が遮った。
「お前が来ると聞いたから」
もう一度、飛影の声がした。

「これなら、お前も来るだろうと思ったから」
ぐいと、肩を引いた。
もたれる形になった蔵馬の、黒髪を梳いてみた。ふわりと香る、ジャスミンに似た香り。
一房髪に口づけてみると、蔵馬はからだを全て預けてきた。
「また、見たいな‥」
あなたの隣だけで、見たい。
消えそうな声で言う蔵馬を、ぎゅっと抱きしめると飛影の胸に全て預けてくる。
「もっと、色んなところに連れて行って」
ねだる瞳が甘かった。


こいつの、全てが甘いと、いつも思う。
本当は、「きれいだね」と言われたときに口を突いて
出そうになった言葉があった。お前のほうがと‥。ぶつかった蔵馬の瞳が余りに深い色をしていて、何も
言えなくなったのだ。だから抱き寄せるしか出来なかった。甘かった、蔵馬の息一つだけで、全てが甘かった。
「んっ‥」
仰向けの蔵馬を、そっと眺めた。白い肢体、魔界の中で、別の世界へ誘うような。
俺のものだと、そう思う瞬間が好きだ。
こうして二人で居るときはいつも‥蔵馬の身体は白く、そして細さは花を思わせた。
「ひ、えい」
呼ぶ声に飛影は上から手を伸ばした。
「あっ‥」
寝台の上で、蔵馬は甘く飛影を呼んだ。仰向けの身体は、広い寝台の上で煌めいていた。
汗が僅かに髪に張り付いて、蔵馬は何度も飛影、と呼んだ。
「んっ‥」
肌に下を滑らせるとビクンと跳ねる‥その刺激が、飛影を駆り立てた。何度も手に入れて
いるのに、初めてのようにいつも敏感だ。
「あぁっ‥」
緩く肌を舐めあげると、甘えるような声が上がった。求められている、そのこと
だけが今二人の真実だった。飛影の身体を掛ける甘い疼き‥。
「あ、やっ‥」
ゆっくりと指を差し込むと、頬を染めるのは赤い色だった。薄く染まる頬をして、蔵馬は
一瞬足を閉じようと‥それが出来るはずはない。飛影が少し力を入れると
蔵馬の膝はそのまま大きく開かれてしまう。
「あ、あ‥」
何度飛影の腕に抱かれても、慣れることの出来ない甘さとにがさの混ざる瞬間、飛影に、
見られている、全てを。指を唇に当て、蔵馬は震える声を出していた。
「待てない」
蔵馬の甘い声に煽られているのは、飛影のほうだ。待てるはずがなかった。
何度も魔界の夜を越えて、ずっと触れたかったからだと、自分を見つめる
燃える瞳。
「ひ、えい‥」
指を差し込むと、蔵馬の声が震えていた。緩く熱く、蔵馬の身体の熱を呼び
覚ます‥全てをひねり出したかった。
「あ、あ! 」
抜き差しされる刺激に、生暖かい液体が漏れた‥濡れているのは、飛影の指だった。
「ほら、濡れているぞ」
かあっと、さっきよりもずっと赤く染まったのは蔵馬の頬で。
「もっと、感じさせてやる」
濡れ始めた蔵馬の中心を、一気に梳きあげた‥力の抜けたからだが、寝台の上に沈み込んだ。
何度も何度も、飛影はそこを梳いた。強く強く舐めあげて‥。
「ひ、えい! 」
激しく駆け巡る甘さに、蔵馬は首を振った。飛影の指は、自分を甘くする場所を
知っている、そしてその舌の熱さは、蔵馬の欲を呼び覚ます。
「はっ‥」
咥えられて、膝の付け根がガクガクした。甘さは、いつも蔵馬を翻弄する。
知らず、涙が溢れた。
「あなたが‥欲しいっ‥」

飛影の熱さが、解き放たれた。




「‥あ」
遠く、鳥の声がした。
飛影の部屋の寝台、白いシーツ、なにをしたのか頭の中で‥駆け巡り。
「起きたか」
ハッとしたのは、脇から聞こえた声に。
「動けるか」差し出された手を、思わず振り払った。‥そんなこと言われると‥夕べの
ことが一気に頭に蘇った。
「何を拗ねている」
すっかり服を着ていつもの微笑みを浮かべる飛影は、気にもせず手を伸ばした。
「まだ休めば良い」
あ、と声を出しそうになったのは蔵馬だった。シーツを身体に巻き付けている
蔵馬を、後ろから抱きしめていた。
「本当は、毎日思い出しているんだぞ」
お前のこと‥。



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