翠 雨 -sui u-




魔界の風は、いつでも変わらないな、と蔵馬は思った。
「足りるよね。うん」
持ってきた袋の中を確かめる。白い指先が、右端から、一つ一つ
リボンがあるのを確かめる。
2月、人間界ではまだ寒く、時々春の陽気になるくらいで、マフラーが
手放せない。
蔵馬は時々耳当てをして歩いているが、たまに女の子と間違えられて
ナンパされて しまう。
困るな、と思いながらも…本当に困るのは、それではなくて、もし
タイミング悪く… 見られていたら…と言う事だった。
いつ見られているのか掴めないだけに…。
あの人が変なタイミングで、第3の目を開いていたら。そう思うと、
困るな、と思ってしまう。
自分が困ると言うよりも、その後の取りなしが大変で…。


でも正直、嫉妬されるというのは嫌な気持ちではない。
あのクールな飛影に、そこまで想われていると言うのは、時々、
蔵馬を甘い気持ちで包んでくれる。
うふ、と笑いながら、中の箱の数を確認する。
「OK」
そう言った瞬間に、
「わっ…!」
激しい風が吹いてきて、髪を押さえた。埃が目に入りそうで、
顔の半分を庇う。
百足はもうすぐそこなので、大変な道ではないのだが、魔界の風は
色々な埃を運んでくることがある。



「飛影…居るのかな」


魔界の丘を歩きながら、もう少し後の時期に花を開かせる蕾を、
上に見上げながら急ぎ足で進んで行く。


14日にわざわざ蔵馬が魔界に来ることになったのは、2週間ほど前に
美しい女王から手紙が来た所為だった。
人間界と魔界が繋がってから数年…魔界の一部では、人間界のイベントを
遣る所も出てきた。
イベントに興味津々な女王が、百足でクリスマスやバレンタインを
遣っていると聞いたことがある。
そのせいで、今年は蔵馬の所にも手紙が来て…と言うか、来てしまった。

ホワイトデーに三日間休みを遣るから、今年は百足のみんなにバレンタインを
よろしくな、と。

ああ、もう…。なんだかな…。

片手で髪を梳いて歩きながら、蔵馬はため息をついた。半分笑いながら。
見透かされている、躯に良いように使われている気がする…それでも
嫌ではない。
微妙な気持ちでいる自分に気付き、ふるふると首を振った。

いや、これは仕方が無く買ってきたチョコレートなんだから。
自分に言い聞かせて、百足の入り口をくぐった。

そんな風に、蔵馬が奇妙な葛藤をしながら人間界から渡ってきたの
だが…。


「飛影様?飛影様は今日はいらっしゃいませんよ」
取り次ぎの女性が、突き放すように言い放つ。
「え…。」
丸い目を見開いて、蔵馬は一瞬固まってしまった。
「そうなんですか…。」
自分が来るときはいつでも居るとは思っていなかった、けれど今日会えたら
やはり嬉しい…。
こっそり忍ばせてきた、一つだけ色が違う箱に触れてみる。
あ、でも。
「あ、あの、では躯の部屋に…「おお、来たか。」」
気を取り直して言った蔵馬の声に被さって、躯の声がした。


「躯様。」
先ほどの女性が不機嫌そうに言うと、蔵馬を睨んだ。
「あ、あの、頼まれたもの持ってきました」
「おお、これは綺麗な箱だな。人間界のものは華やかで良いなあ」
言いながら、蔵馬の手を引っ張る。
「こいつは俺の客だ。下がって良いぞ。」
手をひらひらとさせて去っていく躯の背を、女性は一瞬睨んだ。

キイ、と扉を開くと、数ヶ月ぶりの躯の部屋が、蔵馬を迎える。
…いつ来てもドキドキする…
女性の部屋、と言う事もあるが、シンプルな中にも品のある、広い部屋
に蔵馬は圧倒
されてしまう。
「態々悪いな…」
そう言いながらも、袋の中のものを取り出して興味深げに見つめる
躯は、とても無邪気だった。
この人になら、使われても良いかも…。
ふと、蔵馬はそう思ってしまった。
「お?これは…?」
ふと、大きさと色が違う箱を見つけて躯の手が止まった。
「あ、それはあなたにです。いつもお世話になっているので…」
躯はきょとんとした。深い青の色の瞳と、蔵馬の碧の瞳が交差する。
そして、
「それは光栄だな。お前みたいな綺麗なやつから貰える
なんて。…でも」

ちょいちょい、と手招きすると……耳元で囁いた。
「俺にお世話になっているのはお前の恋人だろう?」
一瞬、蔵馬の体温が上がった…気がした。蔵馬は躯を見上げると…
困ったように目をそらす。

?は、くすくす、と笑うと、ベージュの中にスズランの花が描かれ
ている箱を、チェスターの上に置くと
「飛影の部屋で待っていると良い、夕方には戻るぞ」
と付け加えた。
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