濁った夢 13

アンティフォーナ

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恋い焦がれ 求め合いがなら
互いに傷つけ合う
その棘は愛のためか
報われぬ悲しみのためか
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・‥…━…‥・‥…━…‥・‥…━…‥・‥…━

「放って置いて!」
言い放って走り出そうとした蔵馬を羽交い締めにする。
飛影でも幽助でも、力では蔵馬より上だった。時雨では尚更だ。
体格の違いは力の違いに繋がる時が有る。
「あっ…!」
転がりそうになった蔵馬を受け止めて、時雨が囁いた。
「…飛影を…待つのだ…」
「でも…」
飛影は待っても無駄かもしれない。どうしたらいいか正しい
判断が解らない。
「からだが少しも回復していない。今出て行っても直ぐに疲れ果ててしまう。」
「……」
分かって居る。分かって居るが…。
いつの間にか瞳から雫が流れていた。
「蔵馬殿。戻るのだ…。」




・‥…━…‥・‥…━…‥・‥…━…‥・‥…━…‥


江香の森は、砂漠のような丘を、不似合いなほど甘い色の花を
咲かせた樹が囲んでいる場所だった。
森、と呼ばれているが、実際は、それほど高い場所でもなくただ、
風が吹き荒れてて居る不思議な場所だ。




「人間が落ちてくることが多いと言う。」
そう言う話で飛影が来たわけだが…。
何故だ。
一瞬飛影は思った。
今までなら他の奴らも同行していたはずだが、今回は飛影一人だった。
それに…。
「人間が落ちている…?」
その話なのに、全く気配がない。
広がっている砂の中を飛影は少し進んでみた。


その時…。
「あれ、飛影じゃないか。」
聞き覚えのある声がして、振り返った。そこには、何ヶ月も会っていない、
あいつがいた。



「幽助。」
どうしてこんなところに…。
「ここ、俺の国の修行でたまに使うんだ。
まさか飛影に会うなんて思わなくてよ。」
いやあ、と笑う幽助に、一瞬飛影は眉をひそめた。

今までと何かが違う…はっきりとした答えを持たない違和感。
「蔵馬と一緒じゃなかったのか?」
お前がひとりで居るなんて、蔵馬と一緒だと思ったぜ、と笑う。
その時ハッとした。
…こいつ―――
違和感の正体に気付いた。
今までの幽助と違う、なにか小馬鹿にしたような雰囲気―――。

そのとき、強く風が舞った。
「―――!」
その風の中で、それを感じて飛影は反射的に刀に手をかけた。

幽助の纏う空気の中から―――蔵馬の首筋の
花の香りがする。




『この花はね、俺しか知らない花なんですよ。俺が作った花ですからね。』
首筋に手を絡めてあいつはそう言った。



「くっ―――!」
風に煽られて飛影は思った。
何故あの花の香りが―――、まさか…。
『蔵馬殿は氷泪石を捨ててなどいない。他のものに獲られたのだ。』
『蔵馬殿は傷つけられたのだ。』
時雨はそれだけを告げていた。

答えは教えて貰えなかった。しかし…。
飛影の空気が一瞬で淀んでいく。それはもしかしたら、映画だったら
背景が全て赤黒い色に包まれているかもしれなかった。
飛影のそばが熱を帯びて熱い空気になる。


「幽助…っ…貴様…まさか…」
正面から見つめ合い、二人一瞬だけ無言になる。幽助が、くく、と
笑い始めた。
「今更気付いた?何で俺があいつの気配しているかって…わ、か、る?」
カチャ、と音がして、何かが光った。



幽助が翳したもの…。
蔵馬に渡した氷泪石。



「きさまっ!」
幽助の目の前が真っ白になった。
一瞬後…幽助の杯後から声がした。
「あいつになにをしたっ!」
幽助の喉元に刀を突きつけて言う。体中の血が逆流している気がした。


「何をしたか詳しく教えてやろうか?」
ギリギリで血が流れそうな状況でも幽助は笑っていた。
「あいつがあんまり綺麗だからさ…女みたいって言ってみたり…」



全身が焼け付くようだった。


「黙れっ…!」
ガッと音がして、幽助の身体が倒れ込んだ。馬乗りになって
、飛影が今度こそ喉元を切る。

「くくっ…あいつ、綺麗だろう?男にするのは勿体ないよな。」
「ふざけるな!」
幽助の顔を殴る音がした。

一瞬後には、飛影は吹き飛んでいた。
「俺だってそんなやられるだけみたいに弱くねえよ。」
血をなぞって幽助が睨む。



無言の儘、殴り合う音だけが響き続けた。
「蔵馬は人形じゃない!」
「あいつの声スゴイ色っぽかったぜ、お前にやるには勿体ないくらい。」
幽助の発する言葉の一つ一つが、言いようのない気持ちに繋がる。
怒りではなく、もっとドロドロとした何かが飛影を支配する。
妖気が絡まり合い、ドンという音が何度も繰り返される。


「お前だって、百足の女とよろしくやっていたりするんじゃねえの?」
百足で大人気なんだろう、と口元の血を拭って呟く幽助を、本当に殺して
しまいたかった。
「そんなことあるか!」
「へえ…?蔵馬によく似た女の子だっていたじゃないか。」
そう言われても、覚えて居ない。
「知るか!お前、あいつに何を言った!」
「別に…単に、綺麗だとか色々褒めてやったりしただけだぜ。」
だって本当のことだ。時折飛影の話をするときは寂しげだったけれど、
どんなときでも蔵馬は美しかった。



だから、その血を吸いたくなるし、その身体をむさぼってみたくなる。

「ぐあっ…!」

幽助のうなり声が響いた。
腕がグキッと言い、幽助の足を飛影が蹴り上げた。
「くそっ…!」
妖気がぶつかり合い、お互いに息が上がるまで、半日は過ぎていたと思う。
体中が沸騰して、もう既に自分が解らなくなっていた。
飛影はこれで終わりに、と思い一瞬、その言葉を発した。

「邪王…」
と言いかけて、最後の妖力をぶつけようとする幽助の右手の中で揺れる、
あの石が目に入った。




『幽助のおかげで、今こうやって貴方とわかり合えて、こうしていられるん
ですよね』
いつだったか、蔵馬がそう言っていた。



飛影の燃えさかる瞳から、赤い色が薄くなっていく。
…蔵馬……
今ここでそれを撃ってしまえば自分の望むとおりになる。
それは何度も繰り返すうち、初めの頃よりも何倍もの威力に
なっている。
幽助の、小汚い笑みが蘇る。
…こいつっ…!



「くそっ…!」
暴れだそうとしている腕の龍を沈め、瞳の赤を蘇らせて、
幽助の腹を殴る。
「ぐっ…!」
幽助の妖気を何度も浴びて、飛影の服もすり切れて足に火傷が
出来ていた。

だがここで引き下がるわけにはいかない。
「これだけは返して貰う。」
ガッと、幽助の手から氷泪石を取り上げる。

「はっ…はぁ…」
ギリギリの所で息をしながら、幽助が最後にたたみかける。
「今更返すの?…もうお前だけのモノじゃないのに。」
「よく聞け…あいつを傷つけるものを消すために生きている」
飛影は砂埃の丘を蹴った。


・‥…━…‥・‥…━…‥・‥…━…‥・‥…━…‥

「躯様…飛影はどうなったでしょうか。」
「江香の森は幽助の国との国境近くだ。幽助は一日おきにあそこ
に修行に行っている。」
今日はきっと現れる。
躯はソファに身体を預けて、蔵馬はどうだと聞いた。


「部屋に連れ戻しましたが、何か話しかけてもぼんやりしていて
無気力です。」
「そうか…。」
どうしたらいいか、躯自身正しい答えが分からなかった。




・‥…━…‥・‥…━…‥・‥…━…‥・‥…━…‥


蔵馬はぼんやり、天井を眺めていた。
飛影から離れたい。
逸れも不発に終わり、どうしからいいか解らない。
もう飛影のそばにいる資格がない。
なにより…。
顔を傾けると、自然雫が流れる。止めようと思っても、ただ静かに流れる。
「ひ…えい…」



枕の中で消そうとしても、消えない言葉が何度も流れる。
首筋に手をかけると
…あ……
少し前まではそこに、馴染んでいたはずのそれが今は無いことが胸を刺す。
「どうしよう…。」




飛影の事を、忘れたい。




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