濁った夢2




自分の吐いている息が、今どのくらい荒いのか、ぼんやりとしか
感じ取れない。


「ゆ…すけ…」
赤くなった手のひらを、深い碧の瞳が見つめる。
扉の前でしゃがみ込んで、蔵馬は幽助、と何度も呟いた。
幽助…助けて。いつも手をさしのべてくれる幽助、助けて。
「どうし…て。」
冷たい床に一粒、雫が落ちた。それは直ぐに、吸い込まれて消えていく。
もう何度扉を叩いただろう。腕で扉を押そうとしても、少しも動かない。
「あけて…。」
力の入りきらない腕を押して、もう一度扉を叩く。

そうして何時間経っただろう。

気付けば、何度も頬から雫が流れていた。
「けふっ…」
声を出し過ぎて、咳が繰り返されてしまう。
「けふっ…「もう諦めた?」」
その声にハッと顔を上げると、その人が立っていた。
「幽助っ…どうしてこんなこと…俺を帰して!なに、これ!」
幽助の胸を叩こうとして…直ぐにその右手が掴まれた。



―――いった…
初めて、直に幽助の力を感じる。自分の身体で幽助の力を感じた
ことは、今まで無かった。
「なにって、お前を閉じ込めておく部屋。」
すうっと胸を貫くような声だった。背中を、汗が伝う。
蔵馬の鼓動が速くなる。
「痣が出来てる。」
蔵馬の右手を掴んで、目の前まで持っていくと、蔵馬は一瞬後ずさった。
「綺麗な手…赤くなってる。」
燃えるような目を向けた後、それは静かな色に変わって、蔵馬の
手のひらを見た。
蔵馬の手首に、力が入りきらず幽助の腕に委ねられた。

「そんなことよ…り、どうして…俺を帰して…。」
最後は、消えそうな声だった。
「…お前の綺麗な白い手…赤くなってる。血が出てる。」
幽助が少し力を入れるだけで、じん、と指先が痺れた。
精一杯の力を入れて、数歩後ずさり…
「やめて…!」
高い声が上がったが…余りにも小さな声だった。
「触らないでっ…!」
反射的に蔵馬の手が上がり、幽助の手を振り解こうと…したが。





「…!!っ…!」
それは叶わず、次の瞬間、両腕が掴み上げられた。
「俺を拒否する気…?ここ、俺の国なんだけど。」
「うっ…!」
ぎゅ、と上に掴まれた腕が悲鳴を上げる。
一粒、雫が流れた。


ドキッとした。涙でさえも、こいつは美しい。


「幽助ッ!」
今ここにいる自分ではない自分を呼ぶ声。
蔵馬の声を聞いた瞬間、沸き上がる衝動があった。


「なっ…!」
掴み上げた両腕を押して、蔵馬にのしかかる。仰向けになった蔵馬は、
青ざめた。
ビリビリ、と言う音が響く。シャツのあわせを破かれる音。
そして、蔵馬の碧の瞳が大きく見開かれた。



グイ、と引っ張られたのは、首にかけられた石。
「あっ…!」
予想もしなかった―出来なかった―光景に、動けなかった。
氷泪石は、冷たい部屋の隅へ飛んでいった。
反射で、起き上がろうとした蔵馬を幽助が押さえ込む。
「かえして!返して!あれは!」
幽助の腕の中で藻掻く蔵馬を、離すまいと、幽助が腕に力を入れる。
赤い腕を気にもせず、蔵馬は取り乱した。
黒髪が揺れて、幽助の腕の中で
右手を伸ばす。それでも、この地下室は余りに広かった。

「あんなやつのより、こっち、つけてろよ」
ハッとして見つめると、蔵馬の瞳に、写ったのは、首にかかる、
キラリと光るもの。
人間界で見る、真珠のネックレスのようだった。
「似てるだろ?」
「ちが――!違う、あれは…!」
飛影の、と言いかけた蔵馬の唇を、次の瞬間塞いだ。







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