愛 蜜

 甘い溜息を飲み込んで




「蔵馬……?」
同じ言葉を繰り返したのは、飛影のほうだった。


朝の百足の…太陽の光の差し込む、飛影の部屋。

そこで、飛影は覚えのないものを見たのだ。
どうしてこんなことが…。


よく覚えていない記憶を、眠気の眼差しで思いだしてみる。

そうだ……あれは確か昨日。

百足に忍び込んできた蔵馬を思うままに抱いて…そのまま蔵馬を抱きしめて眠った。
その時は確かに黒髪の、その人が腕の中にいた。


それを浮かべながら、飛影は目の前に居るその人…らしき…を見つめた。
けれど返ってきたのは確かに蔵馬の声で。


「飛影」
高い、甘い声だった。
蔵馬の姿が一回り小さくなっていた。
大きな耳…狐の…と言うより猫のような…小さいとは言いがたいツンと伸びた耳。
ふわふわとしたそれに、ダボダボになった服と、ふわりと映えた白と銀の
混ざったような尾が見えた。


どうしたと、言う言葉も出なかった。
「起きたら……」
ベッドの上に手を突いて、蔵馬は飛影を見上げていた。深い碧の瞳はそのままに、
けれど何だ…やけに幼く見えるのだ。

ゾワっと這い上がる、言葉に出来ない何かを、飛影は一瞬感じた。


「ほら」
ふわふわと上下に揺れる尾を、蔵馬は突き出した。
くるりと蔵馬が回ると、幼子が身体を突き出したように見えた。

座り込んで半分身体を飛影に向けて、蔵馬の尾がパンパンとベッドに着いた。
「これは……」
尾の端に触れると、蔵馬の背がビクンとしなった。
「わ!」
飛影の温かい指が、蔵馬の冷たい尾をゆっくりと撫でていた。

膨らんだ尾がベッドに沈んで、飛影の大きな手が、その尾を上下に撫でていく。

柔らかく…力を入れずに。


「気持ちが良いな」
何故そんな姿に、とは飛影は訊かなかった。
蔵馬が着ているのは、昨日眠りについた蔵馬に、夜中に飛影が着せたパジャマだった。

それはホテルにあるような、柄のない薄い水色の上下で。

今の蔵馬には、なんだか人形が服を着せられているような感じにしか見えない。


「大きい……」
蔵馬の手をすっぽり包み込むような袖の長さ……。
ずるりと肩が、気を抜いたら落ちてしまいそうだった。
「ふ、ん……」
言う蔵馬を無視して、飛影は尾を撫で続けていた。

柔らかい毛の感触…煌めく、色の光を集めたような毛先。

尾を割って真ん中で割り、飛影はゆっくりゆっくり付け根から毛先までを辿った。


「ひゃっ……」
何だ、と蔵馬は尾を振った。驚きで、尾が上下にバサバサと動いていく。
「あの……」
小さく、蔵馬が呟いた。
「何か、妖力も、使えなくなっちゃってるみたい」
大きな目を回して、蔵馬は飛影の服を掴んだ、一輪首の後ろから花を取り出し、
けれどそれはパラ、とベッドの脇に落ちた。

「ごめん、なさい……」
忍び込んだのに……何も出来ない。

「俺今、あなたの邪魔かも……」
声に呼応したのか、耳がベッドに向かいしおれるように垂れていく。
「何を、気にする」
耳の真ん中の薄桃色の部分を、飛影がそっと触れた。


「妖気…分けてやろうか」
「え……?」
でも、と蔵馬の小さな声がした。


「だってパトロール」
「お前とどっちが大事だと思っている」
コツンと、蔵馬の額を叩く音がした。
「ほんとに?…飛影」
少し丸みを帯びた頬が、桃色に染まった。


「今日、傍に居てくれるんだね!」
ぴんと、耳が上向いた。


「やっ……」
少し小さな蔵馬を横たえると、蔵馬は身体をぎゅっと抱きしめた。


「何をしている」
初めての時みたいな…と、飛影は一瞬口をつぐんだ。

パジャマをズリ落とすと、小さくなっても、あの蔵馬と同じ柔らかな肌が合った。
それを数秒、飛影が見つめると蔵馬は自分を抱きしめたのだ。



「何か……」
いつもと違う。違うのは少し小さいだけで…自分は変わっていないのに。

だけど飛影が仰向けの自分をゆっくり見つめてくる、それだけで、知らない
甘い感覚が駆けていた。


「何が嫌なんだ」
あっと、声がした。
言いながら飛影は、蔵馬の胸の突起を急かすように舐めていた。

ざらついた舌が、蔵馬の幼げになった突起を付け根から舐めあげていく。
それはわざとのよう…。音が、知らない飛影のように、激しかった。


確かに蔵馬だ。…そう思った。

小さくなったことは嘘ではないけれど、この滑らかな突起の感覚。蔵馬だ。
突起の付け根を摘まむと、蔵馬の背がしなるように戦慄いた。
はっ…と声がして、蔵馬の顔が天井を向いた。

仰向けの蔵馬の、全てを一気に飛影は晒した。


冷たい空気が蔵馬の下半身に触れていく。
「あっ……」
丸みを帯びた、柔らかな尻を、蔵馬の後ろに手を差し込んで撫でてみると、
熱い声がした。


「可愛いじゃないか」
「だ、って……」
何故だろう。
いつもより、飛影が恋しくて堪らない。見られたら恋が胸から溢れて出そうで。


「だって好き…」
唇まで熱くして、蔵馬は言った、耳が横に振れていく。
敷いている尾が、尾の先が上下に振れた。


「ここも、触れたい……」
飛影の、声がした。
あっと、蔵馬の高い声がする……くるりと、視界が変わっていた。
後ろむきの姿勢。這うようにして、蔵馬の尻が突き上げられていた。
尾がビクンと天井に向いていく。

固くなった蔵馬の身体に応えるように、蔵馬の耳がピンと天井に向いてまっすぐ
立っていた。

「ひゃっ……」
ぐちゅ、と音がする…飛影の指だった。
唾液の溢れた指が、蔵馬の中へとスブスブと入っていく。


「はっ……あ」
あ、んと甘い声がして、尻が蔵馬の力で突き上げられていく。
そして足が開いていく。
1度触れられたら、蔵馬の欲も溢れていくのだ。飛影の指の感覚…トロトロと、
蔵馬の中から蜜が流れ出る。
引き締まった筋肉の感覚、それが飛影の身体の変化を表すようで……。

強い力が、蔵馬の身体の奥を解していく度、蔵馬の中から恋蜜がねっとりと溢れるのだ。

蔵馬の中が熱さを増していく度、尾も激しく、天井に向かってパタパタ音を
刻んでいく。

「はっ……」
立ち上がった尻の中に、一際大きな熱さを感じた……飛影が、後ろから蔵馬の
中心を舐めていた。

「あ、あんっ……飛影」
奥をかき回すような…それでいて、濁流が押し寄せるような、飛影の舌の熱さと
突く強さ。

ひいては寄せる波のように、飛影は熱く、一点を突いてはそこが痺れて行くと離れていく。
あ、あ、と声がする度。
そこを突いた癖に、その直ぐ傍を触れていく。

「やっ……」
違う、そこじゃなくてと言う蔵馬の声が、聞こえたけれど、飛影はふっと息を、
奥に吹きかけただけだった。
焦らしたい。この狐を。


「んっ……」
ぬる、と音がした。ぴちゃぴちゃと続けて何度も音がする。
おかしいほど、その音が響いていた。

飛影は、蔵馬の股の奥の蜜を全て舐めとっていた。
けれど舐めれば舐めるほど、蔵馬の奥からはその舌の熱さに、止めどなく溢れてくる。


「垂れてる」
割れ目から、蜜がシーツに流れていく…くっと、飛影は笑った。
「だって……あっ…」
後ろから、差し込まれた手に蔵馬自身を突かれて、力が抜けた。

「ひ、えい…!」
ドクンと、蔵馬の鼓動が跳ねた。蔵馬自身の先端を、飛影は強く弾いたのだ。
ビンと、触れる音がするほど。
そして梳くと、蔵馬の膝がガタガタ震えた。耳が、横に激しく揺れた。
尾が、どこを目指すか分からないように、はためいた。

「流れてるぞ」
先端を突き、そして飛影は蔵馬の背中ごしに笑った。
膨らんだままの蔵馬自身から、ドロっとした蜜が弾けていた。

「もっと、出せよ…妖気…分けてやるから」
「はっ……あ!」
固いものが、蔵馬の後ろに触れた瞬間だった。飛影の声。
固く膨らんだ飛影のそれが、蔵馬の突き上げられている尻の中に、ねじ込まれていた。
「ひ、えいっ……」
熱い。けれど自分が熱いのか、わからない。
翻弄されている、嫌ではない、ただ流されるこの気持ちを、手放したくない。
蔵馬はシーツに顔をこすりつけていた。
せり込んでくる飛影のそれが、ドクドクと当たっては離れていく。
繰り返し差し込まれる固い感触に、蔵馬の先端がブルブルと震えていく。


「あ、も……う…」
「いっしょだ…」
飛影の腰が、一気に差し込まれていた。
パタンと落ちた耳を、飛影は後ろから撫でた。
はあはあと荒い息をする蔵馬の、しおれた尾を撫でてみた。
柔らかな蔵馬の、初めての尾。この形…同じ中身の筈なのに。何かが違う。


「いか、ないで……」
長い睫毛が、開いていた。
飛影を見上げて、蔵馬は飛影の腕を掴んでいた。


「今日…いてよ……」
碧の瞳に、操られそうだった。一瞬、それでも良いと思った。
このまま…このまま?けれどここは飛影の終の棲家ではない。
それは、蔵馬の胸だ。


だから。
「今日は」
そう……今日の…現在の部屋がここなだけなのだ。
「傍に居る」
「飛影……」
好きと、小さな呟きが聞こえた。
「一つ…確認しておくが」
蔵馬の黒髪を撫でながら飛影は声を掛けた。


「たまには、だまされるのも良いな」
「あっ……」
「許してやる」
こつんと、額を小突いた音。
「分かったんだ……」
「妖気…ないわけないだろうが」
お前の欲の気を、強く感じたと飛影が囁いた。
「まあ、たまにはいいな」
「んっ……」
数時間が経った頃だろうか。隣で聞こえた声に、飛影はそちらを見た。

覚えのある黒髪…。
柔らかな身体…。


「蔵馬?」
あのツンと立った耳が消え、甘い香りのする蔵馬の首筋があった。

尾はその欠片もなくなっていた。白い身体が甘えるように飛影に寄り添っていた。


「んっ……」
小さく、蔵馬の瞳が開いた。まどろむような甘い瞳は飛影を捕らえ…、
そして照準が合った。

「飛影」
伸ばされる手がそっと飛影の首に回っていた。飛影の知っている、蔵馬がいた。
「お前、どうして……」
「分からない」
でも、と蔵馬が耳元で囁いた。
「あなたの一日、くれるんでしょ」



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昨日、眠る飛影の腕の中で、小さく呟いたのは蔵馬だったのだ。
「飛影…」
ぎゅっと、飛影の爪を噛みながら蔵馬は言った。
「好き」
番いは…自分だ。
「あなたの一日を…手に入れたい……」
ずっと思っていること。
「…俺、強くなんかない」
チリっと、小さな音がした。蔵馬の噛んだ痕。……飛影の首筋を。
「もっと……」
もっと守られるような、そんな存在になってみたら。
「一日を…」
奪えるかもしれない。もし、守られるような自分になったら。
放っておけないくらいの、小
さな自分になれば。
……そう、なれますように。
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