あなたのキス




「はぁ〜〜

蔵馬は、モニターで飛影の闘いを見てため息をついた。
「どうしたんじゃ?」

丁度VIP部屋に入ってきたコエンマが、蔵馬を見た。2度目のトーナメント、
蔵馬は今回は参加していない。
その代わりに、知合い皆のための救護係として、「魔界の監視兼息抜き」に来
たコエンマの部屋にいるのだ。
モニターに向かって、蔵馬はもう一度ため息をつく。
「…別に」
何でもありません、と蔵馬はコエンマを見もせずに言う。
おや、ご機嫌斜めだな、とコエンマは紅茶を入れてやりながら笑った。
「どうした?飛影が負けでもしたのか?」
「そんなはずないでしょ…?まだ2回戦ですよ」
そういって、蔵馬は又、はぁ、とため息をつく。
「何だ、どうしたんだ、飛影と喧嘩でもしたのか」
「違いますよ……そうじゃなくて…」
そこで初めて、蔵馬はコエンマを振り返った。


おや…
珍しいものを見てコエンマはくすっと笑った。どうやら確かに喧嘩では
ないようだ。
蔵馬の頬が、ほんのり赤くなっているからだ。
「どうした?…夕べの事でも思い出したか?」

今度は面白くなって、コエンマはモニターと蔵馬をちらちら見比べる。
途端、蔵馬はその女の子のような顔を ぶんぶんと横に振る。

「ちがいますよっ…変なこといわないでください、もう、怒りますよ…」
「じゃあなんだ?やきもちか?飛影に又ファンがついたら
どうしようとか?」


面白くなってきたコエンマはずけずけ聞く。
「違います!」
蔵馬は不機嫌そうに言い放つ。
「…見とれてただけです。」
小さな声が聞こえて、コエンマは蔵馬の側に寄ろうとした足を止めた。
「…飛影って…かっこいいなって…」
「は?」
コエンマは、つられてモニターを見る、すると戦いの最中の飛影の
アップが映し出されたところだった。

思わず息を呑む。

真っ直ぐに敵を見つめて、勝利だけを目指して、赤い瞳の中に大きな獣を
ちらつかせる瞬間だった。


走り出して向かっていく足取りや視線には少しの無駄もなくて、
コエンマも思わず我を忘れた。
赤い瞳、その中に、今までに飛影が培ってきた全てが凝縮されていた。
隙を逃さずに獲物を捕らえる腕にはいくつか火傷の跡が見られた。
新しく何かを身につけたのだろうか、飛影はどこまでも貪欲だ。
コエンマは蔵馬をチラッと見る。


なるほどな。
今回、闘いに出ずに"皆の救護を自分に"と言ったのは飛影が
心配だからか。
可愛いものだな、と思い、コエンマはそうっと部屋を出た。








「なんかね−−−今日、凄い、思っちゃったんだ」
闘いの幕が下り、二人のための部屋に戻ってきた飛影は、
隣で蔵馬が頬杖をついて言うのを聞いて、目を開けた。
疲労していた飛影は、蔵馬を抱くのも我慢してそのままベッドに
入ったのだった。蔵馬は甘えるように
添い寝してきたが、飛影は頭を撫でてそれを許容してやった。


飛影が目を覚ましたのを感じた蔵馬は、ふふっと笑って、そそ、と擦り寄る。
「−−−なんだ」
「あなたって、男の人なんだなって…」
「−−−は?」
わけが解らないという飛影に、蔵馬は笑いかけた。。
「…今日、闘いを見てて、思ったんだ…」
蔵馬は、広げられている飛影の腕に収まって、可愛らしく笑いながら言う。



…!!
モニターで、飛影の腕に一瞬でついた鋭い切り傷を見た蔵馬は
思わず立ち上がった。

しかし戦いの最中に邪魔をするわけにはいかない。
深手ではない、そんな事はわかっている、
しかし飛影の腕に一直線に現れた傷は蔵馬の心をえぐって、瞳が揺れた。

「飛影!」
自分でも思わず高い声が出た。
ここまで漂ってきそうな、血の臭いを感じる。
けれど、せり上げる不快感にめまいがした。
腕に一筋、赤い血が流れていた。
軽い傷とは決していえないその赤い筋を見て、蔵馬は思わず眉を寄せた。

「…かすり傷だ。」
はっきりと、視線の先に向かって飛影が言う。
ぺろ、と腕を舌で舐め挙げる。
そのとき、飛影のざらついた舌が、鉄のにおいのする腕をしっかりと
舐め挙げてすぐに吐き出した。
…不敵に笑う飛影の瞳に、真っ直ぐ見つめられて蔵馬は、一瞬、
動けなくなった。


あっ−−−
どく、と心臓がはねた。
−−−赤い血…それはどことなく甘くて…
鋭い瞳、闘いが終わった後の空気をまだ引いているそれは、荒々しさと
強さが付随していて、その瞳が腕の血を見て舌で舐め挙げた瞬間、
鼓動が跳ねた。

飛影の中の本能を見たような気がした。




「…あのときにね、思ったんだ…。」
あなたは男の人なんだなって…
「……?」
飛影は不可解そうに蔵馬を見たが、蔵馬はまるで独り言のように続けた。
飛影の胸に顔を埋める。
「おい。」
一応咎めるように飛影が声をかけるが、蔵馬はいたずらっぽく笑って
頬を摺り寄せる。


「いいでしょ?…あなたの胸がすきなんだ…」
そう言われては、飛影も断れない。
仕方なく受け入れてやる。
「今だけだからさ、甘えていいでしょう」
気持ち良さそうに蔵馬は笑う。
「なんだ。今のは…男って言うのは」
「ああ…あのね−−−」
蔵馬は赤くなって目を逸らしながら言い、飛影の耳元で、小さく囁いた。



…思ったんだ…
あの腕でずっと、いつも…守られてるんだなって…
あなたって凄いなって…思ったんだ…


「…飛影。キスして…」

蔵馬は笑いかけると、甘えた瞳で小さく言った。


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