BUT, metamorphosis 




「またか…」
ベッドにどすっと転がって、幽助は珍しく重い声を出した。くしゃ、と前髪を
かき回して 乱れたのも気にせず、もう一度携帯を見る。…それでも同じ結果。分かって
いても、一気に気持ちが落ちてくる。
…どうしたんだよ…
律儀な蔵馬からの返信は、普段は一日おくことなどあり得ない。
仕事も終わる夜は、しっかりと返信が来る。待ち合わせのメールでも、少し雑談を
交えて返信をしてくれる。なのに、もう4日も返信が来ていない。

「あ〜ったく…」
苛々するのと、もどかしさと色々なモノが胸の中で混ざり合う。
「…何でだよ…」
喧嘩をした記憶もない。なのに…マーブル色に混ざっていた感情が口をついて
出てくる。屋台も休みな今日、用があって町に出て雑貨屋に行った…蔵馬に
合いそうなものを買いに行こうと思って。…でも、その間何度もジャケットの
ポケットの携帯を確認した。…数日前に送ったメールの返信が来ていない。
…蔵馬、熱でもあるのかな…
始めはそう思った。


でも、もしそうではないとしたら…。

そうも思う、もしそうではないのなら、なんだろう。
「あ〜〜〜…」
携帯を放り投げかけて…宙に浮いた手がとまる。
「俺…」
なんかしたかな。
すうっと熱が冷めていき、今度は不安が胸の奥からせり上げる。 デートしたのは一週間前で…。メールしたのは4日前で…変なメールは
しなかったはずで…。何だろう。俺、なんかしたかな、と考える。
何周もして、考えてベッドの上を転げ回る。

そして…
「わっかんねえ…」
容量が足りない自分の頭では解決しない。くしゃくしゃと、また前髪をかきむしる。



ため息をついたまま、それでも少し髪を直してもう一度町に出る。
クリスマス近くのこの時期。
町はカップルや、おしゃれをした女の子で賑わっている。華やかなケーキのみ
では人だかりが 出来ていて、ちらっとそれを見る。一瞥した、と言う方が似合うような感じで。
浮かれた人々を見ると、今無性に苛々した。苛々、と言う言葉で片付けるには複雑な
もの。やさぐれる、と言うほど苦くはない。
拗ねている。
突然頭に浮かんできた言葉は、それだった。
「あ〜…」
俺拗ねてるンか。そんな自分もイヤだった。

「あ…すいません…」
こつ、とぶつかった気配と声に立ち止まる。

「あ、いやこっちも」
言いかけて、女の子と目が合う。幽助より少し低い目線で見上げてきた。
急いだ感じで謝ってきた子に、幽助の目が一瞬細められた。頭を下げて去っていく
子は…似ていた。蔵馬に。サイドに三つ編みしている蔵馬、と言う感じ。
どきっとした。
駄目だな、俺…。
ジュエリーショップではカップルがはしゃいだ声を出して覗いている。何となく
目を向けてみると。
―――蔵馬―――
ベージュに近いパラのモチーフのペンダントが、目に止まった。時々光を反射して
とても綺麗だ。
蔵馬の笑顔がよぎる。

そこでもう一度思い出してみる―――。
特におかしいメールはしていなかった。向こうも怒った様子はなかったし。 考えても考えても分からない。

う〜―――

コーヒーでも飲もうと思って、よくあるチェーン店の喫茶店に入る。カラカラ、と
扉が開く音がして、アメリカン、と頼み席に座る。
直ぐに穏やかな笑顔の店員が来て、カップを置く。一口飲もうと思い顔を上げる。
その時―――


「え―――?」
向かいの席に座っている二人に目が止まる。


時が止まったかと思った。

覚えのある黒髪と、自分の見たことのない笑顔。…幽助の知らない、スーツを着た男。
蔵馬だった。手元にある皿を見る。…夕飯にでも入ったのか、料理がそこにあった。
食べかけのパスタと、ミルクティ。ゆったりした表情で微笑む蔵馬がそこにいる。
幽助の周りには居ない雰囲気の、余裕のある男が、蔵馬と笑っている。

ごくごく、と自分がコーヒーを飲んだ音が随分大きく聞こえた。ぞわぞわ沸いて くる、苦しい物を感じる。
気付けばカップは半分ほど無くなっていて、蔵馬のパスタは食べ終わっていた。
蔵馬の向かいにいる男がレシートを持って立ち上がる。
蔵馬も頷いて立ち上がる。


―――!!やべええ!!!!
その時だけやけに早く頭が動く。はっとして、幽助も立ち上がる。
「おつりはいらねえ!!」
言って、店を出る蔵馬が出るのを追う。


蔵馬は、店を出ると頭を下げて軽く手を振って、相手の男と別れた。店の前の
扉の前で、蔵馬はふう、と息をついてマフラーを整えた。
今だ、と別の自分の声がした。変な緊張が走る。斜め後ろから蔵馬を見る。
―――やっぱりこいつ、綺麗…
不意打ちで見つけてしまったから、余計、綺麗だと思った。
「蔵馬―――!」

後ろから声をかける。
「ゆ―――幽助!?」
びくっと肩が震えて、蔵馬は振り返る。する、とマフラーが右肩にずれる。
それを白い指が押さえる。
蔵馬は丸い瞳をまん丸くして、固まっていた。
「ちょっとお茶しててさ、お前が居たから。」

「あ―。そ。そうなんだ…」


「今のやつ、誰…?」
怒るわけでもなく冷静に言う。実際、怒っているわけでもなかった。
不意打ちの出会いに、幽助もどうしていいか分からなかった。
「取引先の人。ちょっと緊急で外出が入っちゃって、取引の確認と軽く食事。」
幽助から目を合わせないで蔵馬が言う。やけに早口に。
…何だか気に入らない。
胸の奥から、むっと来る何かがこみ上げてくる。
「あ、そうなんだ…」
それに押されるように、妙に冷たい声が出た。
「うん、じゃあね…」
言って蔵馬が、幽助の横をすり抜けようとする。グレーのマフラーが幽助の隣を
すり抜け…ようとした。
が…
「待てよ。」
ぎゅ、と肩を掴む。
「っ!」
蔵馬が呻いたような声を出して幽助を振り向く。

「痛いじゃないですか!」
非難するように言うと、むっと来た様子で幽助を見る。

「目、合わせられるじゃないか。」
「え…?」
「お前さっき、俺のこと見なかっただろ?何でだよ。目、合わせられるじゃないか。」
「あ、そ…そう?」
声がうわずっている。
「お前…わざとらしい。」
いらっときた声をだして、蔵馬の顎を掴んで上向かせる。
「…!」
突然のことに、蔵馬が幽助を睨む。…それでも、少し目線が揺れる。顎に痛みを感じる。
「メールも返事返さないし…。さっきは目、合わせないし。」

なんなの?と怒鳴りそうになって堪える。
蔵馬は唇をぎゅっと噛んだ。
「別に―――」
「別にじゃないよ!いきなり返信来なくなって、びっくりするだろ?」
壁に蔵馬の身体を押しつける。
「いたっ…」
「そう言うことされると嫌なんだよ…理由を言えよっ」
一歩前に踏み出すと、蔵馬が怯えたようにまた幽助から目をそらした。
「…って…だ…」
「ちゃんと言えよっ」
ぐい、と蔵馬の顎をもっと強く掴んで、目を合わせることを強制する。
「だって…」


消えそうな声が響いた。
冬の冷たい空気に浚われそうな…。


「だって、幽助は別に妬いたりしない…でしょ。」

ゆらゆらした瞳で、蔵馬が早口で、小さな声で言う。突然の言葉に、今度は幽助
が固まった。
「え…?」
「あなた言ったじゃないですか。別に小さな事で嫉妬したりしないって。」

それはちょっと前のことだった。繁華街を歩いている時の小さな会話だった。
「幽助は嫉妬したりする?」
「え〜〜俺?俺…そんなことしねえ」
きっかけは、斜め前を歩いていたカップルの会話だったと思う。他の男と出かけたら、
嫉妬して眠れねえ、と彼が女の子に言っていた。それを聞いた蔵馬が幽助に聞いて
みた。いたずらのような気持ちで蔵馬が聞いてみたのだが。
「俺別にそんなことしねえよ。」


蔵馬は直ぐに笑顔を作った。
そうだよね、と。

「え…あれ…」
気にしていたのか、と幽助が蔵馬から手を離す。気まずそうにして、蔵馬は一歩後ずさる。
「だから、なんか気持ち冷めちゃって…。」
音信不通にしたら幽助はどうするかと思った。

「おめえ…」
少しの沈黙があって、幽助が今度は気まずそうに道と蔵馬を蔵馬を交互に見る。 それを何度か繰り返して、そして…
くしゃくしゃと、折角整えた前髪を、またかきむしった。

「おめえ。なんにもわかってねえよっ…」
はき出すように言うと、早口でまくし立てる。

―――嫉妬しないって言ったのは―――

蔵馬は自分のことだけ好きだって信じてるから。

信じてるし、自信があると思い込んで居たから。
蔵馬は自分から離れないって信じてる。
―――自分はそうやって自信を持っているって、思い込んでいたから。

「だからだよっ―――!」
かあっと、身体が熱くなって幽助は蔵馬を見なくなった。
見られなかった。
こんな風に、自信がない自分を自覚したのは初めてだった。
自覚したばかりのことを、すぐに、しかも蔵馬に言うなんて。

足から首まで全てが熱くなってきた。
「ゆ―――すけ―――」
そう言う蔵馬がやけに幼く見えた。

何秒かの沈黙が流れる。

お互い、何と言えばいいのか探しているような時間だった。
幽助はごくんと、喉が鳴るのを意識した。
くらま、と言いかけて半歩前に進む。と―


何かが触れた。 唇に、何かが触れた。柔らかい何か。

え、と、意識が現実に戻った瞬間、それを知った。
蔵馬の唇だった、小さく触れるだけの唇。
蔵馬の両手が、幽助の両手に触れた。
「デート―――しよ。」
これから、デート、しよう。

町の景色は、クリスマス。
アーチ型のイルミネーションが、二人を包む。

幽蔵で甘い話、と言うのをリクエストで頂きました。

くっついて甘い話というのは浮かばなかったのと、強がりな蔵馬を
書きたいと思ったので、作りました。水樹奈々ちゃんの 星屑シンフォニーと
迷ったけど、栗林みな実ちゃんで。
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