「やっ…幽助・・・!」
狭い部屋の中に、蔵馬の悲鳴が響いた。ビリッと、シャツの裂ける音がして、そのまま蔵馬はベッドの脇まで追い詰められる。それに、のしかかるようにして幽助。
「幽助・・・・・?」
恐怖に目を見開きながら蔵馬は部屋の中を、逃げようとしてさがる。しかしその背にはすぐ後ろにベッドがあって、これ以上奥に逃げ場はなかった。
幽助がそのまま蔵馬に被さって、両手首を上で押さえ込む。
「なに??やめて!」
中途半端な服を一気に引き裂かれて、上でギリッと、幽助の手に力が込められた。片手だけでも、鍛えているだけに簡単に押さえ込まれる。
「どうしたの?幽助・・・?」
幽助と身体を重ねたのは決して一度や二度ではない。でもこんな無理やりな行動をされたことはなくて。判らない。どうして?
床の上に押し倒されて蔵馬は混乱した頭の中で、必死で身体を動かそうともがいた。
「動くなよっ・・・!」
びくんと、蔵馬の動きが止まる。低い声。幽助・・・じゃないみたい・・・?
「ん・・・・!」
噛み付くように舌を絡められて恐怖が一気に駆け上がる。
…やめて!こんなの・・・!
獣のように。熱い、幽助の舌が。異様な熱を持って蔵馬を離さない。
ふと見上げた幽助の目に、どきっとした。
熱い視線。
「なに・・・やめてよっ・・・!」
胸元に舌を這わされて、次の瞬間に鋭い痛みが走った。
「いたっ・・・・・・!」
幽助の手が・・・蔵馬の胸を爪を立てたのだった。
「・・・幽助・・・?!!!」
怖い。いつもと違う。何が起きてるの?
「蔵馬・・・・・・・・!」
幽助の声までも暴力的だった。
愛情よりも、支配に近いほどの勢いで被さってくる。
やめて・・・!
何かが違う。
いつもと違う。
「あ・・・ああああ!・・・あ・・ひっ…」
裂かれる痛みそのままに声が震えた。上手く息を継げなくて、そのまま少しでも楽になろうと手を動かす。途端に幽助の力が込められる。
「逃げるなよ!」
頬をはたかれて、ずるっと蔵馬のからだが叩きつけられた。
「やっ…!やめて!」
一気に。幽助はそのまま蔵馬の身体を貫いた。
「あ・・・あぐっ・・・・」
唐突に、家を訪れてそのまま覆いかぶさってきた幽助の暴力的な行為に、蔵馬は成す術もなかった。
幽助とは何度も抱き合って、それ以上の行為も何度も重ねて。一晩中離れなかったこともあって、好きだよって言い合って。
突然起こったこの行為の理由も意味も判らず蔵馬はただ貫かれた。蔵馬の目が見開かれる。
幽助が身を進める。赤い血が床を濡らした。
その瞬間僅かに幽助の身体から力が抜ける。
バシンと言う音が響いた。
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はっと気付いて真っ先に目に入ったものが蔵馬の乱れた髪とシャツと・・・床を染める血だった。だから幽助は余りに驚いて呆然として、何も言えなかった。
「あ。…蔵馬。」
泣いて見上げてくる蔵馬を見て幽助は一瞬我を取り戻した。
「幽助・・・?」
蔵馬の小さな声が響いた。
部屋に一瞬沈黙が広がった。幽助の目に赤い血が映って蔵馬の足が写った。そしてそのまま怯えたような蔵馬の目にぶつかった。
固まったままで、赤く手を腫らして揺れる目で蔵馬はこっちを見ている。その中にあるのは不可思議な事実に対する疑問と悲しみと恐怖・・・。
何が起きてたんだ・・・俺は・・・蔵馬に何をしようとしたんだ?
幽助は一瞬何がどうなっているのかわからずに自分の身体を見た。しっかりと全裸になった・・・そう言うことをした痕跡があって生ぬるい感覚が残って・・だけど蔵馬は、いつもの従順さも無く泣きそうな瞳で見上げてきた。
蔵馬がシーツを拾っているのが見えた。
「蔵馬・・・・」
「幽助・・・・・・?どうして・・・?」
何も見えずに訳が判らずに問いかける蔵馬を見て幽助は自分にも問いかけた。
この惨状は何だ?今まで俺はこんな風に蔵馬を扱ったことなんかなかったはずだ。この血の跡といい蔵馬の怯えきった目といい何故だ??俺は・・・何をした。
自分の中に問いかける。
側で蔵馬は震えながらも幽助を見た。
信じてないわけ無い。好きだと言ったその日からずっと抱きしめて・・・そういう夜も過ごしたし自分から舌だって絡めた。燃えたのはからだけじゃなくて。幽助はこんな風に暴力的に愛撫をしたことなど無かったから・・・ただ怖かった、そして・・・理解できなくて。
蔵馬は動けない足を手で庇いながら自分の身体にシーツを掛けた。
「蔵馬・・・」
名を呼んでみる。
「・・・な・・に―――」
どこか警戒して怯えた響きが頭を打つ。
どうしてだ。
どうして俺は蔵馬をこんな風にしたんだ・・・。
濡れた感覚を訴える自分の興奮も忘れて幽助は蔵馬を見た。
その瞳はどこか遠くて、そして幽助の意識は実際遠く奥深くの自分自身へ向いた。問いかける。
何故俺は。
あれほどまでに 大事にしようと思った蔵馬を 傷つけた。
何故・・・?
漆黒の瞳は只複雑な色を隠せずに幽助を見る。
あ・・・ああ・・・。
その色の深さを黒を見て幽助は少しずつ熱が冷めるのを感じた。
ああ・・・そうだ・・・おれは…蔵馬を・・・。どうして今日ここへ来たのか、思い出した。
「ゆ・・すけ・・・?」
黙って只自分を見つめる幽助を見て蔵馬は色々な思いの混じった声を出す。
何故こんなこと・・・・それから・・・この沈黙の意味は何・・・?
どう声を掛けて良いかわからない不可解さが蔵馬を包む。
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「・・・・・・・ごめん・・・・」
沈黙を破ったのは幽助の消えそうな声だった。
「俺・・・俺っ…・・・」
「幽助・・・?」
幽助はそのまま蔵馬を見る。
こんなときだが不思議なくらい包まれるような色を感じる。
「幽助・・・?」
蔵馬の驚いた声が響く、幽助がそのまま抱きついてきたのだ。僅かに恐怖が走って蔵馬は身体を硬くする。が・・・。
「幽助・・・?」
その声は戸惑いに変わった。
幽助は只蔵馬の胸に顔を押し付けてそのまま・・・動かない。
どくんと。蔵馬の鼓動が速くなる。幽助が何をしようとしているのかわからない。
「ごめ・・・ん。・・・・このままでいてくれっ…蔵馬・・・ごめ・・・」
聞こえてきたのは泣き声で。
だから・・だから蔵馬はそのまま動けなくなった。
何故・・・?
どうすれば良いのかわからずに天井を見上げる。
――――――やがてぽつりと幽助の声が聞こえてきた。
「俺・・・怖くて・・・」
「こわ・・・・い・・・?」
胸にうずめている幽助の顔が僅かに動くたびに蔵馬は内心の恐怖を感じながらそのまま受け止める。
「ごめん・・・こわくて・・・・おれっ―――」
******* ************** **************
それはふっと来た。
・・・魔族としての目覚めがそうさせたのか、それは突然に来た。
自分の中の血に気付いてから幽助は突然に夢を見るようになった。
それはある日思いがけずに来る。
熟睡して夜中に目覚めている時に、そのままふかい夢に繋がる時もある。
それが、怖かった。
はじめた月に一回くらいだったものが少しずつ間隔を狭めてきた。初めは少し小さいもの、うさぎや猫を見ると心臓がどくどくとなって・・・自然に手が伸びる。ぎゃあ!と言う泣き声が聞こえて、一瞬にして残骸になった小さな獣を、その血をなめて感じたものは甘くてうっとりとして。そしてどこか苦い味で。
しかしそのうちにそれは大きくなった。昔喧嘩を吹っかけてきた奴の身体になって、そしてそのまま、夢の中の血の匂いは濃くなった。
そこまでは良かった。
「それで―――それで・・・・・おれは・・・」
「っ……」
ぎゅっと腕を掴まれて蔵馬はすんでのところで悲鳴に似た声を殺した。
さっきの恐怖が蘇ったが、今声は出してはいけない気がした。
それで。
少しずつ大きくなった妖怪としての、生きる本能はそのまま標的を身近な人間に変えた。
「俺はっ…俺はっ―――・・・・・・!」
幽助の声が途切れかける。
それはそのまま母親になった、そして。
そして母親を食った日から三日とおかずに、そのまま夢の中で標的は蔵馬に変わった。
「・・・・・・」
ガタガタ震える幽助の身体を蔵馬は床に倒れるようにしてただ受け止めた。わからないけどそうとしか出来なかったのだ。
「それで・・・・それで俺・・・・お前を食ったんだ・・・っ」
熱いものが零れて、幽助は蔵馬の胸で泣いた。
「あ・・・」
言葉を失ったのは蔵馬のほうだった。
「俺は・・・いつか・・・お前を食う奴になるかもしれないって、・・・・蔵馬・・」
「幽助・・・」
「俺は、いつか大事な奴も食うようになるかもしれないって思ったら・・・・・・」
蔵馬を、その存在を確かめずにはいられなくて。
「ごめん・・・」
だから・・・あんな・・・・。
「幽助・・・」
痛い。心が痛い。
人とあやかしの間で苦しむ君が。
「それで俺、お前が、消えるような気がして。それでっ…」
幽助の肩が震える。
・・・ぽたりと。
ふと・・・蔵馬の頬を濡らすものがあった。
…なみだ・・・?
涙だ、これは。俺が・・・泣いてる・・・?
動けないまままに身体が痛むままに蔵馬は確かに涙を流した。
二人、何も言えずに・・・。
幽助はそのまま倒れるように抱きついてきた。
「ごめん・・・」
******** ************ *************
「・・・け・・・幽助…。」
どこか現実味を帯びないような声が聞こえる。これは・・・覚えがある、いや、何より自分が忘れるはずも無い声。
甘い声に幽助の意識が、覚醒を導かれた。
俺・・・?
・・・どうしたんだ・・・?
蔵馬を・・・蔵馬を俺・・・襲って・・・?
「幽助・・・。」
おずおずと蔵馬は声をかけた。
ふっと。幽助の瞳が開かれる。その目はもう熱を帯びていない、そして自分を見る恐れる瞳を見て蔵馬は漆黒の瞳で、・・・もうそらさずに幽助に腕を回した。
……ああ、あなたが。
すきだよ。
・・・判るよ・・どんな時も。君を。
どんな時もすべきことを君が教えてくれる。そして俺はそれを受け止める。
ああ。わかる。
そして、受け止めてあげるよ。
「幽助・・・。」
何度か蔵馬は名を呼ぶ。そうして、一体何度そうしていただろう。・・・蔵馬の声はしかし優しかった。
「蔵馬・・・?」
漸く幽助が意を決して…顔をあげる。怯えていたのはいったいどちらの気持ちだろう。
・・・いいえ。あなたを。信じる。
信じる意味を教えてくれたのは君だよ。
だから、だからあなたを信じるのです。
「幽助。・・・」
ありったけの真実を一つだけこめる。あなたに、教えたい。
「幽助、君は・・・君は君だよ・・・。」
ぐいと、蔵馬は両腕を今度はしっかりと幽助の首に回して抱きとめる。
「君は君だ。君を、信じてる。・・・・魔族じゃ、ない。」
ああ。あなたの血はそれを呼び覚ます時もあるだろう。でも。・・・・・・でも。
例えば君が私を傷つけてしまう時も壊す時もきっとあなたを赦すだろう。
FORGIVE あなたを赦す。
そして。罪を受け止める私を あなたは 忘れないで・・・FORGET ME NOT。
あなたを護る。この腕で。
蔵馬は思った。そのまま。しっかりと、何度も 好きだよ と言いながら。
・・・あなたがいる限り私は生きる。
私が生きることは、あなたをこの世界へとどめる鎖だから。
この生を君に挙げようと。思う。
「蔵馬っ……」
「幽助・・・君は君だ。・・・あなたが好きだよ。」
好きだよ。だからどんな罪も赦せるだろう。
生きることは共犯だ。
それでもいい。だから、あなたを護る。
・・・好きだよと繰り返す。幽助の側で。