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恋はきらめき、繋がるは 恋慕

魔界で、それは見たことがないものだった。
「あ」
パトロールの中で、隣で声がした。カサッと、立ち止まる音。
「どうした」
「なんだこれ」
問いかける声に、飛影も空を見た。
荒れた魔界の土に降りた、白い粒。
足元に所々見える白。…これは、雪だ。

「知らないのか」
そう言えば、パトロールの地域でまだ見たことはなかった。初めて雪を見たのはいつ
だっただろう。人間界だったかもしれない。魔界は広い。見たことのないもの、会った
ことのないものがあってもおかしくはない。

「なんだこれは、何かの前兆か」
言う相手に、飛影は笑いそうになった。
「そんな訳はない、雪だ」
「雪?話に聞いたことがある。あれか」
男は、片手を翳していた。妖怪のくせに、新しいものが面白いらしい。危険なものでは
ないとわかると、素直だ。
雪…。
表現の中に浮かぶのは2つ。
冷たい空気に震えるあのひとと…陰鬱な目をした女達のいる国。思い出せば甘くなるものと、
足を踏み入れたくもない地と。

「もう今日は終わりだ、戻るぞ、飛影」
男が、声をかけた。
その時、飛影の頭を占めたのはただ一つ…。黒髪が、ゆっくりと飛影の心に浮かび上がっていた。
寒さに、今どうしているだろう。雪…。そして、もう一つ、浮かんでいく、小さな言葉。

蔵馬の言葉。
「…がね、きれいなんだって」
遠回しなくせに、一緒に行きたがっているのは明白で。でも、行こうとは言わない強がり、今思い出す。
「…だって」
もどかしく、呟いたのは飛影だった。
「なんだ?飛影、戻るぞ」
男の声が聞こえた。地に降り続ける雪粒を、飛影は見た。風が、激しく吹きつけていた。
「おい、飛影!」
飛影は、地を蹴った。





・‥…━…‥・‥…━…‥・‥…━…‥・‥…━…‥



会社を出た頃には、もう時計は九時を指していた。

白い息を吐きながら、蔵馬は駅の改札を出た。

指先を凍らせるような風に、肩が震えた。自然、足が早くなる。ゆっくりすればするほど、時間がかかるだけ。
ああ、暖房…設定してくればよかったかなと、今更。こんなとき、人混みのほうが暖かい。




駅を出れば、住宅街に続く道は他に誰もいなかった。
缶のミルクティーを飲みながら、マフラーの中で描くのは、一つだけ。…あのひとは、
こんな寒い夜、どうしているだろうか、魔界も、季節は同じだ。


「…ばか」
最後に会ったのは、からだを焼け尽くすような太陽の季節から、乾いた風に変わるころで。
「ちゃんと、きれいにしてるのに」
肩にかかる髪を、くるりと指に絡めて缶を飲み干した。






・‥…━…‥・‥…━…‥・‥…━…‥・‥…━…‥




その夜のことを思い出す。

…髪を…触らせるなと言われた夜。




「あ、んっ」
乱れたからだが飛影の腹の上で、頼りなく揺れた。ガシ、と掴まれた蔵馬の肢体は、飛影
の上で、汗にまみれていた。
「あっ…」
下半身の中心を撫でると、蔵馬は甘い声を響かせた。震えるのは腰だけではなく、腕も
同じだった。
「こんなの…いやっ」
見えない。…蔵馬は黒い目隠しをされて、飛影の腹の上にいた。飛影の腹を跨ぎ、蔵馬の
腰が艶めいていた。額から流れた汗が、目隠しに染みていた。さんざん飛影にいじられた
襞は、グチュ、と言う指の感触を、あっさりと飲み込んでいく。はあはあと、熱い息を吐くと、
蔵馬はねだるように飛影を見下ろした。救いを求
めるような瞳。それでも、飛影は甘い言葉を吐かなかった。
「ああっ…あ、ついよ」
前が見えなくなり、跨っている飛影の腹で、蔵馬は求めるように飛影を見た。
それは、懇願のようだった。


「もっとだ」
「あっ、あんっ…」
激しく掻き回すような飛影の指先。さっきまで蔵馬の口を掻き回していた指先は、今は
その襞を、掻き分けて、ぬめる奥へと、這っていく。高ぶったまま、熱を打ち付けるよう
に飛影は、指先をこねていた。
「あっ…はっ…」
こんな飛影は初めてで。いつもは、もっとゆっくりと撫でてくれるのに。漸く会えたと
思ったのに。
飛影は激しかった。黒い目隠し、うっすらとでも飛影が見えれば、少しは安心できるのに。
今は手を繋いで愛撫をしてくれることもない。寂しさと飛影についていけない迷いが蔵馬
を取り囲む。


「あっ……!やっ! 」
中を割り込み、半分しか濡れていない襞が、違和感を訴えた。

ぐいぐいと、飛影の指は入ってきた。

目隠しの下で、蔵馬は飛影の瞳を探した。
確かに下に見えるはずなのに、確かに飛影は自分を見ているはずなのに。だって視線は感じる。

「髪…」
「あっ…な…にっ…」
それでも、飛影の熱に逆らえはしない。蔵馬のからだは確かに、飛影の全てを求めて
いた。ジクジク、下半身から湧いてくる甘い欲。胸の突起が、物欲しげに立ち上がって
いく。


「髪…なんのことっ…! 」
悲鳴のようなので声が上がった。膨らんでいた蔵馬の先端を、飛影の片手が塞いでいた。
ドクンと弾けるような高まりを見せていたそれは、熱を逆流させていった。
「あ、あ! 」
身体中を駆ける衝動に、蔵馬はただ涙を流していた。下半身から、外へ向かう苦しさが
とどまることを知らず蔵馬の頭の中まで意識を奪っていく。濁流にのまれる感覚。
押さえられた先端が、膨らんだまま苦しく唸っていた。
「や…あ……ぁ……」
もう、全てを手放したかった。飛影の苛立ちを探るよりも、そこから蔵馬を支配する
ものから解放されたくて。
身体は火照っているのに、指先が冷たくなっていく。
「わからないのか」
苛立ちは愛しさを上回り、蔵馬の先端を塞いだ手に力を入れた。
「…おしえてっ…あっ…」
苦しさも、こんなもどかしさも、飛影だけが教えた。
「傷んでいた、髪」
ハッと、蔵馬は口を噤んだ。髪の先が…傷んでいる。肩にかかるその先が。飛影は何に
苛立っているのか…。
飛影は、見ていた。人間として暮らす蔵馬が、そう簡単に、周りの人間を拒絶できないことを知っていた。
だけど、理解は…出来ない。見るだけでむくむく湧き上がる、怒りに似た衝動。

取引先のやつに、肩や髪を触られても、そう簡単には突っぱねることが出来ない蔵馬を、見て苛立ちと怒りが混ざり合う。


「あっ…髪っ…」


飛影の言葉の意味を繰り返す蔵馬の中に…頭に駆け巡る記憶が…。
武術会の途中にも、身体に触れさせるなと言われた。鴉戦の前。 解ったのだ。隙を見せるなと、何度も言われた言葉が蘇る。
いつも触れる唇と同じ熱さの言葉だったのに。


「あっ……」
燃えるような瞳が、蔵馬のからだを射ぬいていく。長い睫毛が僅かに揺れた。
何度も、蔵馬は頷いた。




「わかったか」
「あっ……ん!」
先端を解放すると、蔵馬の腰が、倒れていた。


解放された欲は飛影の腹を濡らし、蔵馬は仰向けに倒れていた。
「触れさせない…」
縋るように伸ばされた手を取り、飛影のからだが重なった。
「髪の先まで…俺のものだ」


・‥…━…‥・‥…━…‥・‥…━…‥・‥…━…‥
あんな抱き方をされて…そのまま会っていない。


あれが最後に会ったときで。いつの間にか、今年初めての雪が降っていた。 毛先まで、毎日手櫛を確かめていたんだよと、頬を膨らませるしかない。


「ばか」
「だれが、馬鹿だって? 」
不意に、ミルクティーを取り上げる声がした。振り向いた蔵馬の瞳が、輝いた。
「すぐに冷めるだろ、これだけじゃ」
マフラーの上から重なる温もり。飛影の息が、冷たかった。それから……。
「飛影も、寒いの?」
魔界に生きる飛影でも、そんなことを考えることが、あるのだろうか。
「俺だって、そう言うのを感じることくらいある、冷たいのは嫌いだ」
言って重なる手のひらが、本当に氷のようだった。人間界の寒さに慣れていて、魔界の
寒さなんて忘れていた、蔵馬は。そのことに、口を噤んだ。


「俺だって、暖めてほしいときくらいある」
…それに。
「雪が降った。あっちにも」
「魔界にも……」
「お前が、行きたがっていたのを思い出した」
あっと、蔵馬が声を出すと、それは白く溶けた。
「行ってくれるの?」
「行くつもりで、来たんだが」
ありがとう、ありがとう。
蔵馬は、飛影の指を抱いた。



・‥…━…‥・‥…━…‥・‥…━…‥・‥…━…‥



「わ!可愛い!」
雪像を見て上がった蔵馬の声は、はしゃいでいた。蔵馬はこんな表情をしていただろうか
と思うほど、幼く。


瞳がころころと回っていく。
観光客が多いこの祭りは、雪像が隙間なく並んでいた。
あ、と飛影は歩を止めた。
「お前がいる」
狐の雪像。指さすと、蔵馬は頬を膨らませた。
「…動物扱いしないでよ」
言いながらも、蔵馬は飛影の手を引いた。ふわりと毛の盛り上がりも再現された雪像は、
蔵馬の瞳に映っていた。
「御写真、撮りましょうか」
スタッフが、そっと近づいた。
「えっ」
数秘の沈黙。飛影は黙っていた。
「撮りたいのか」
「…うん」
小さい頷きに、飛影は蔵馬と狐の雪像に近づいた。
それと…。
「あと、こいつだけの写真もだ」
はあい、とスタッフの声がした。
蔵馬だけの写真…絶対に、誰にも見せない。
「可愛かった」
上気した蔵馬の声が弾んでいて、飛影の喉を、甘さが落ちていった。悪くない。こういう
お祭りなど、自分は興味がないと思っていた。でもこうして歩いているだけで、時折蔵馬
の手を引いて様々な形の人間界のものを見ているだけで、満ちていくものが確かにあった。
賑わいの中はしゃぐ人間を見る度、不思議な生き物だと思った。白い息を吐きながら笑い
かける蔵馬と今が、好きだ。



けれどその中を、捜し物を、雪菜を見つけるためにただ見ていた時間は余りにも長かった。



蔵馬は、飛影の黒衣に頬を擦り寄せた。
「ありがとう……」
聞こえたのは、涙に濡れたような声だった。
「雪…嫌いでしょ」
雪は氷だ。
違う形の、寒さを連想させ飛影の中のすべてを掘り起こす。
パトロールのせいにはしたくない。

会えないくらい我慢出来るって思っていた。
でも、まわりの人間は皆冬に、はしゃぎ過ぎていた。

飛影は忘れているとは思っていないけど。

季節ごとにイベントがあることを…蔵馬が楽しそうにそれを見ていることを。

冬は人間たちのお祭りが増えていた。街に出れば色々な張り紙が目に入った。
理性が押しとどめている感情が、少しずつ聞こえるようになっていた。でも、仕方が
ない。魔界に生きる飛影を好きになったのは、自分だ。…自分だ。
季節にも取り残されたような感覚と、理性がせめぎ合うだけの時間が積み重なった。


でも、この雪像の祭りに行きたいと言う力が沸かなかった。飛影の中の、氷河と言う
言葉を思い起こしたくない。
「…ごめ」
言いかけた言葉を、遮ったもの、飛影の人差し指だった。唇に触れた人差し指。
「黙れ」
見開いた蔵馬の瞳が、まっすぐ飛影を見た。
蔵馬の唇が、冷たくなっていた。


蔵馬の後ろめたさが…罪悪感にも似た気持ちが…唇から伝わる。

氷…氷河でに関わるものを飛影の前で言葉に出して…ましてや イベントに連れ出したことを、苦しく想っているのだろう。 雪菜のことを、飛影は想いだした。

知りたかったわけではない。妹の存在を、妹の全てを知りたい、そう言う親愛の情の
ような気持ちではなかった。

ただ、何もなかったから……。生きる意味など、下らないセンチメンタルではなく、純粋に、知りたかったから。
蔵馬にはそうは映らなかったのかもしれない。それはそれで、もどかしさだったけれど。
雪、ただそれだけで、飛影の全てに思いを馳せる蔵馬が、愛しかった。

違う。今伝えたいのは……もっと、本当のことだった。

「俺は、雪は嫌いじゃない。…あの国がなかったら」
上唇に、飛影の舌がそっと重なっていた。
「お前に会えなかった」




冬の花火が、恋歌に乗って上がっていた。










・‥…━…‥・‥…━…‥・‥…━…‥・‥…━…‥

「…飛影……」


今は甘い息を、蔵馬に与えたかった。
蔵馬は甘えるように、飛影を呼んでいた。

ただ蔵馬の指が、飛影を求めていた。
唇を重ねるだけで蔵馬の下半身が疼いていた。ねだるように舌を絡めたのは
蔵馬からで。だから、激しくなっていった。

仕方がないと思う。飛影の本能に火をつけたのは蔵馬のほうだった。
だから、今更嫌だと言われてもやめる理由がない。
蔵馬は触れて、と言ったのだから。



首筋に吸い付くと、腫れ上がるようについたあとを、蔵馬は愛しげに撫でた。
跡はつけないでねと、いつもなら言うはずだったけれど。


「もっと…刻んで」
だから、口づけを散らした。ひとつ赤く刻めば、その白さとの境界を消したくて、
なんとも吸い上げていった。
胸の突起をつまむだけで腰が浮かんできた。仰向けの身体が、普段よりもずっと
飛影を求めているのは明白だった。


「ああ、飛影っ…」
微笑みながら、ぐいと押し込まれた飛影のからだに刻まれながら、蔵馬は飛影を見た。
「壊して…いいから」
飛影の息が、荒くなった。
「あ、ああ!」
飛影のからだの奥が、蔵馬を導いていく。

重なった身体の奥に、積み重なる吐息と
腰の重なる感覚。蔵馬の腰を二つ折りにして、ずいと飛影はもっと奥へと…蔵馬を貫いた。


「こ…壊れて消えたら……」
汗が飛び散っていった。
「黒龍に…して……」
瞳を覆うように、片手で自分の顔を覆う蔵馬が、飛影へと腰をすり寄せた。
「あなたのそばで…たたかいたい」
「っ……!」
膨らみが増し、思わず飛影はもう一度蔵馬が中で鼓動が爆発しそうになっていた。
ずぶずぶと、興奮のままに蔵馬の奥をかき回していた。
「はっ…あぁっ」
流される。このままでは飛影に流されて終わってしまう。
「おまえがっ……」
蔵馬の息が速くなっていた。覆っていない片目が、酔いしれて飛影を見た。
「お前がそれなら、俺は花になる」
ずっと、蔵馬の身を守る存在でありたい。

情熱は、恋の証しだ。





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