night piece night spica  

星屑の光 



「ひとりか」
そう言ったはじめは、エレべーターの中で、だった。



コエンマの声に、蔵馬は少し見上げる形でそちらを見た。
「…はい」
「お前が怒ることも…あるんだな」
「そりゃあ人ですから」
人間ですから、と蔵馬は言わなかった。
「いや…冷静なやつかと思っていたから」
戸惑ったように、コエンマは言った。呂屠戦が終わってそのあと…。
蔵馬は少し困ったように視線を外した。
「そんなわけ無いでしょ、ああ言うことは俺だって怒りますよ」
睨むような蔵馬の目線に、コエンマは少したじろいだ。
「済まなかった、嫌みなつもりでなかったのだ」
「普通の生き物ですよ、どこに生きていたって」
くす、と蔵馬は笑った。
「皇子様はもっと上の階じゃないんですか」
扉が開く音がした。
蔵馬たちのいる階だ。
VIPの階はもっと上だ。
「あっちのエレべーター、使えばよかったのに」
降り際に投げられた声に、コエンマはため息をついた。
「まあ。いいじゃないか」
ふわりと、黒髪が揺れて、コエンマの視界から、蔵馬は消えた。

薄く、甘い香りだけが残った。









「ひとりか」
二度目にそう言ったのは大分経ってからだった…。
呂屠戦の余裕は少しずつ無くなって、結局幽助が体力も霊力も使い果たし
チームは勝った。

蔵馬はゆっくり振り向いた。
浦飯チームの勝利で幕を閉じ、今は島には静寂が戻っている。
広い島には今は残った観客はもういない。
一つ早い便で帰り、今島にはコエンマと、浦飯チームしか残っていない。



あれほど血を流して闘ったことは遠い昔のように…海の波だけが、
ザザと音を立てて二人を包んだ。
遠く見える太陽まで、明るい光を放っている。
振り向いた蔵馬は、小さく笑った。


「花火、上がるんですよね」
優勝チームに向けて、最後の夜…今日、花火が上がることになっている。
それはチームのものしか見ることが出来ない…何故かご褒美と
言うことになっている。
「おかしいですよね…花火なんて」
なにを弔うんですかね、と投げやりに蔵馬は言った。
しゃがんで水に手を浸すと、蔵馬の白い手が水の中で光を弾いた。
「皆、なにを見に来てたんですかね…」
夕方の太陽がオレンジに光って、蔵馬の黒髪が肩に降りた。
コエンマは黙って、少し近づいた。
蔵馬の背中が小さく見えて…。

「帰れて…よかった」
蔵馬は、憂いとも喜びともとれる…それとも混ざっているのか…
なんともいえない表情をしていた。
「このからだが消えたら…申し訳ないですし…」
強い風が吹いて、一瞬蔵馬は自分の体を抱きしめた。
伸びかけた手を、コエンマは下げた。


「幽助たち、勝ってよかったですね」
「蔵馬っ…」
なにを思っているのか掴めず、コエンマはグイ、と片手を掴んだ。
「コエンマ…さま…?」
「お前も…生きていてよかった」
丸い瞳が、コエンマを見た。
遠く濃い緑の葉が揺れた。
「終わって、よかった」
伸ばしきれない手の代わりに、苦しい声が出た。
「お前のための壁だった――!」
深い碧色の瞳の中に写るのは誰なのか。
近くにいながら、そのピースが掴めずにいた。ずっと、血まみれに
なる蔵馬を抱きしめて飛び立ってしまいたかった。



「コエンマ、さま――!」
高い声が響いて、鳥が羽ばたいた。
「あのままだったら、お前が倒れるのではないかとっ――」
詰まっているのは声だけではなかった。
「もう会えないと思ってしまったのは、ワシだけか」
思わず抱きしめた蔵馬は細く、これが鴉の爆弾を受けた体かと思い、
息をのんだ。
「あ、の―」
「好きになって良いか」
囁く声は弱く、けれど嘘のかけらがない色をしていた。
腕の中にいる蔵馬の鼓動が速いのは何故なのか。
「あ――」
「もう、好きになっている」
青緑の海が、コエンマの声を飲み込んだ。
「これきり会わないなんて思いたくない」
碧の瞳がコエンマ射貫いた。
「戯れは、よして」
白い手を外し、蔵馬の声が聞こえた。
唇を噛んで、蔵馬はコエンマを見た。
「あなたほどの人なら相手はいるでしょ…」
「そんなものなら、もうとっくに抱いている!」



初めて聞く、荒げたコエンマの声だった。
「そんな簡単なものなら、とっくにお前に手を出している!」
怒りよりも熱いものが、茶色の瞳に宿っていた。
「一妖怪のために壁など作るか!」
今度は本気の力で、蔵馬を引き寄せ、腕の中に収めた。
本気の熱さはもしかしたら炎のようなものかもしれない。
形になるものだけが、熱さではない。
「お前たちのチームが勝って、花火が見られない大会など、
リセットしてやりたいくらいだった!」


色々なものを飲み込んで終わった大会の、最後の花火を
見るときこれまでの歴史の中で、どんな思いで目に
映されてきたのか。
哀愁か、それとも単なる満足感か…。


「お前の温もりを感じて花火を見たかった!」
「もう、いいです…」
小さく、蔵馬の声が返ってきた。
消えそうな声だった。
「もう。いいです…」
そっと絡んできたのは、蔵馬の指だった。
泣き笑いのような瞳が、コエンマを射貫いた。

「俺も…好きになって良いですか」









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