indispensable pride of6 完結

モクジ
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「くら、ま…?」

そっと、その人の声が、唐突に聞こえた。

あかね色に染まった空が、曇った、この部屋の空気に混ざりあい、
調和しない輝きを窓から差し込ませていた。

ハッと、その声に、黒髪が戦慄いた。

「蔵馬…」

遠く、遠く夢の中の声のようだった。
幻のように…。
同じ部屋にいるはずなのに、手が届かない河の向こうにいるかのような感覚。

「くら、ま」

何度目かの声に、碧の大きな瞳が開いた。

ソファの上で、蔵馬は固まったようにそちらを見た。

そっと身体を起こし、自分を見つめる紺の瞳と、碧の瞳が交錯した。
「ひ…」
突き出しかかった言葉が喉の奥まで戻っていく。
吐き出したいその名前を、はっきりと言葉にできず。
その映像が幻ではないことを、瞳の本能が告げる。
分かっていても、どう動いて良いのか身体が示さない。
ただ、その声の方を見つめるしか、できないほどだった
。 それは戸惑いか、なくしかけた希望が目覚めた衝撃のせいか。


胸の奥に、知らない熱いものが込み上げた。
トーナメントで幾日ぶりに会ったときの抱擁の熱さより。

次にいつ会えるのかわからない、永遠を彷徨う様な日々の中で
眠れず過ごした日よりも闇が心を包んでいた。

胸を焦がし指先までを燃やすような、
焦燥よりも愛情よりも湧き上がるじわつく熱さ。

「あ…」

交錯した瞳の、その奥に呼ばれた。

「飛影…」

眼差しの中の確かにある恋慕の熱さが、飛影から静かに発せられていた。

「な、ぜ…」

「なぜじゃないよ…」

泣き笑い前の、切なさと痛みの狭間に揺れる蔵馬の瞳が飛影を射貫いて、
そして指が伸びた。

「…お帰り…なさい」

「初めて、だな」
手を、伸ばして抱き留めたのは飛影の方だった。
「お帰りと、言ったのは」
ほんの少し上がった口の端が、腕の温もりで仄かな情熱を伝えていく。


吐息がかかりそうなほど近く、黒髪を梳いて。ふっと、飛影が笑った。

「…飛影…だって…」
「そうだ」
ぐっと力を込め、白い蔵馬の頬をなぞっていく。
この感覚でさえ、焦がれと恋の結晶のようだった。

「いつも言いたかった。帰るところはここだと」

肩を撫でれば柔らかく縋りつくこの、遠くに離された人の温もりが、
今は懐かしいほどの甘さだった。

「お前が、救ってくれたんだろ」
ふっと、飛影が笑った。

「…そうだ、よ…あなたしか…助けないよ…」

「当たり前だ」

飛影がゆっくりと白い頬を撫でていく、そのくすぐったが、
今一番の情熱だった。

「…お前がいたから、戻ってこられた」


fin
モクジ
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