背徳は甘い香り

モクジ

  T 口実という甘い果実  



※この小説は Twitterのお友達おたけちゃんのこの絵から作りました
素晴らしい絵をお借りして、ありがとうございます!
二人とも恋を隠さない、強気な二人、でえがいてみました。


長い黒髪を、遠く高い月が、映し出していた。
ふっと、柔らかく降りた唇が、抱きしめたその人に触れた。

「…綺麗ですね」
一瞬だけ熱く触れた唇を離し、その人が腕の中で囁いた。

他に誰の声もしないこの部屋で、今二人の、放たれては消える吐息だけが音だった。


「誰が」
笑いながら、声がかえって行く。
「あなたが」
言いながら、白い腕が首筋に絡んでいく。
寄りかかっている肩の後ろに僅かに揺れる窓から、鋭い月の輪郭が、絡んだ腕のその先の煌めく肌を映す。
窓の外には木々だけがサワと音を立てた。

「甘い」
離れた唇を拭いコエンマが、ふっと笑った。
「それは…バレンタインだからでしょ」
「お前が、こんなに甘ったるいイベントにこだわるとは思わなかった」
「失礼な人ですね、それくらい俺だってしたいですよ。…恋人なんだから」
「恋人、か」
カリ、と、細い唇で、差し入れられたそれを噛み、コエンマはその人を抱きしめた。
細いからだが、包むようなコエンマの背に回されていく。
「蔵馬」
「はい」
黒髪は、やけに艶やかに見えた。

「もっと…」
くすりと、蔵馬は笑った。何かを握りつぶすように、きゅっと唇を引き締めて、そして、
小さな塊を…小さなチョコを口に含んだ。
カリ、と言う音を立てて噛みしめ、何度も転がしてはコエンマを見つめた。

甘い熱が籠もった瞳が、コエンマを射貫いた。そして、小さく口を開いた。
そっと、薄い唇がコエンマに近づいた。
蕩けるようなうっとりとした瞳が、コエンマを見つめていた。
「んっ…」
重なる唇の、奥へと流れ込む、小さな塊が、奥へと流し込まれていく。
「もう…」
消えそうにコエンマが囁くと、そうっと唇が離れていった。
「甘いでしょ」

ふわりと、蔵馬が黒髪を揺らした。それは何の意味か、くるくると耳の傍の髪を
弄りながら、自分も一つ、ゆっくりと噛みしめる。
「同じ味がする」
「それも、くれ」
「…我が侭な、ひとですね」
髪を弄り回している白い手を、蔵馬が離した。
ふたり頷いたのは同じ瞬間だった。
「んっ……」


熱く、熱く唇が重なった。

生温い舌で溶けかけていチョコレートが、蔵馬の小さな唇の奥で、固形から温かい液体へ
変わったままコエンマの唇へ差し込まれていく。
「良い、味…」
「そうで、しょ」
柔らかく蔵馬が、吐息と共に囁いていた。
その吐息が、コエンマの耳にぐっと突き刺さるようだ。

「いつもより、あまいな」
「何が、ですか」
目を細め、蔵馬は目を逸らした。
「お前の息が」
「もっと、甘くなりたいですか」
ぐいと、蔵馬はコエンマの腰に手を回した。


「だって今日、好きな人に気持ち伝える日でしょ」
モクジ
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