背徳は甘い香り

モクジ

  U 乱れるのはどちらの吐息  

・‥…━…‥・‥…━…‥・‥…━…‥・‥…━…‥

「んっ…」
白い肌は、何度見つめても誘惑でしかないとコエンマは熱くなった。


「あつ、い…」
黒髪が広がり、手を伸ばしてくる蔵馬を、抱きしめれば強く返ってくる。
それに促されるような波が、自分を包んでいく。
何故こんなに熱くさせるのか、悪魔のような微笑みが、真っ直ぐに見上げてきて、逃げられないと一瞬思う。
悪魔のように、と思えるほど、溺れさせる美しい瞳。逃げたいのかと、奥底から声がした。
逃げても構わない…その代わりこの思いもこの身体も、 手に入れることはできなくなる。
その声を、コエンマは振り切った。
「コエンマ…」 呼ばれれば身体を寄せる以外道がない。

「もっと…奥っ…」
んっと、息が上がり広げられる足が、熱を帯びていくのが夢心地のように酔いしれている証し。
「蔵馬っ…」
熱く、呼びながら、触れる手のひらを離したくないと、口に出しそうだった。
出て行くなと、このまま返したくないといつか口に出しそうだった。
「あっ……」
白いからだが力を失い倒れ込む。
黒髪を撫でながら、コエンマはそっと囁いた。
「守るから」

・‥…━…‥・‥…━…‥・‥…━…‥・‥…━…‥

「んっ…」
ふっと、白い体を、蔵馬は起こした。明るい日差しが、窓の直ぐ傍から気配を表した。
霊界の鳥がさえずっていた。

「起きたか」

ふっと、頬を緩ませ、コエンマが隣で身体を起こしたのが見える。

ベージュの壁が、蔵馬の視界に広がっていた。
コエンマの私室の壁が、蔵馬の深い碧の瞳に映り、覚醒していく。
「飲め」
「ありがとう」
シーツをそっと蔵馬の肩にかけ、コエンマは立ち上がった。
紅茶を手渡し、降りてくる声は、いつものように穏やかだった。
「シャワーをしたら、送っていく、裏口から帰れば良い」

「…はい」
ゆっくりと紅茶を受け取り、蔵馬は笑った。
「…ひとりで、帰れるな」
確かめたくせに心配が浮かぶコエンマを、蔵馬が笑って制した。
「堂々と返っても大丈夫なのに」
何を気がかりなのか。それを返さず、蔵馬は頷いた。
「大丈夫ですよ。ひとりでも」
細く熱く見つめるコエンマの視線と、蔵馬の言葉が重なった。
「盗賊ですよ、帰り道くらい平気です」

ぎゅっとコエンマの手を、蔵馬は握った。
「また、逢えるから」


・‥…━…‥・‥…━…‥・‥…━…‥・‥…━…‥



「コエンマ…」

ほんの何日かしか経たず再び蔵馬はその廊下にいた。
広いベージュの壁が、たったひとり今は蔵馬を迎えていた。
整えられた霊界の廊下はほんの少し歩けば音が響く。
コエンマの私室に近づけば近づくほど、人の気配は消えていく。

呼び出されたのはその日の昼で、その時に沸いた甘い感覚を、否定はできなかった。

「こんな…」
思わず、蔵馬は呟いた。
こんなに甘い感情で霊界の道を歩くことになるとは思わなかった。

あれほど遠い世界だった霊界を、今は自覚するときめきを抱いて歩いている。
螺旋階段をひとり上っていく。
急いだとしてもたいして変わらない。何度も何度も息が上がるほどの階段を上り、
それでも胸の前で手を握る。

「コエンマ…」

誰も、いまは傍に居ないからこそ呟きも漏らすことができた。
霊界の頂点であるコエンマの名を、魔界の生き物であった自分が呼ぶ
危うさを、知らないわけじゃない。

それでも言葉に出てしまう気持ちを、殺せはしなかった。
だから、上を見ても下を見ても誰の気配もない今でしか声を漏らせない。

この長い廊下をあと僅か進めば…。


だから、気付かなかった。
けれど、気付かなかった。



「んっ…!!!」
ハッとした瞬間には、身体は動かなかった。
このまま進めばあと少し…その瞬間、脇の扉から、蔵馬の身体は
押さえ込まれていた。

「んっ!」
知らない香りが、蔵馬の鼻をつんざいた。強い香水の香りが、蔵馬を取り囲む。
目を見開けば、蔵馬よりも背の高い女が数名、取り囲んでいた。
モクジ
Copyright (c) 2022 All rights reserved.