背徳は甘い香り

モクジ

  V 交錯  

「この、淫売」
蔵馬の口から手を離し、廊下の柱にその体を押しつけ、女が叫んだ。
煌めくベージュの壁と揺らぐカーテンに不似合いな声が響いた。
「皇子を誑かして、なんのつもり」
「誑かす…」
はっと、蔵馬は女を見つめた。
「罪人風情が」
きつく、女は数名蔵馬を見つめた、
ペルシャ猫のような好奇な視線が、蔵馬を蔑み鋭く射詰めた。

「あんなもの、コエンマ様に!」
「あんな…」
戸惑い、蔵馬は女を見上げた。
「口移しで!」
蔵馬の肩が、ビクンと揺れた。僅かに…。

「…やっぱり…見ていたんですね」
ふ…と、花の咲き誇るような微笑みが、蔵馬に広がった。

反対側の窓に映る太陽が、振り上げられた手を反射した。

「罪人のくせに!」
手のひらに籠もる熱が、蔵馬の碧の瞳に刺さっていく。

「…それ、で」

振り上げられた手を、息を吐きながら見つめ蔵馬が言葉を吐き出した。

「選んだのは、コエンマだ」

情熱を蔵馬の瞳が湛えていた。
「このっ…!!」
蔵馬の、氷のような瞳が女を見つめていた。
口の端をあげ、蔵馬は視線を落としもせず、ただ女を見た。

「かえれ!」
煌めく太陽が差し込む中、熱さだけが込められた手が、振り下ろされた。
白い頬を、まっすぐにめがけ…。
モクジ
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