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花   弁

黒髪を、その雫が伝っていることはわかっていた。
けれど、それでもただ歩くしかなかった。
今はそれしかできなかった。


ただ一歩を踏み出す…どこに向かっているのか、自分でもはっきりと分からなかった。


何かに誘われるように、魔界の土を踏んだ。

どうやってここまで来たのかはっきりと思い出せない。
それでも自分が昔使った隠れ家の方向に向かっているなんて、本能だろうかと、小さく
笑ってみた。

笑ってみたけれど、きっと今の自分は口が歪んでいるだろう。
崩れた表情しか作れないだろうと、わかっている。


白い手が、その時蔵馬の手に重なった…そんなことを思い出す。

そうして、どうしたっけ…。


武術会のころ、まさか自分を好きだなんて思わなかった。

だから、そう言われたとき本当に驚いて、心臓が止まるかと思った。

帰りの船の中で突然抱きしめられて、言葉を失った。

「蔵馬…好きだ。」
思ったよりも強い腕の力に、振り返ることが出来なくかった。

「お前が…どんなに…」
心配だったか。
「この力でお前だけ助けてやりたかった…っ!」
「あ、あの…」

…凍矢との闘いのとき何も出来ない自分が、悔しかった。
初めて、自分の無力さを知った。

抱きしめて心臓が動いていることを確かめる。
蔵馬の胸に手を当てて、その人はもう一度名を呼んだ。
「蔵馬…」
――好きだ。

気づいたら、その人の首に手をまわし、口づけをしていた。

・‥…━…‥・‥…━…‥・‥…━…‥・‥…━…‥
初めて蔵馬が、そのひとと体を重ねたとき…。
ホテルの窓際で、その人は、蔵馬と同じくらい白い手を重ねた。

「好きだ…。」 ゆっくりと蔵馬のからだを窓枠に倒して抱えて、二人分には広すぎるベッドに運んだ。
プチ、と蔵馬のシャツのボタンを外す仕草にも育ちが表れていて、蔵馬は息をのんだ。
自分も色白だねとは幽助にからかわれたことはあるが…それでもこの人ほどで はないと思った。
息がかかり、蔵馬の唇が一瞬乾いた。
直に伝わる熱で、下半身が反応したことを自覚する。

どくん…。
瞳がぶつかる。
「お前は…」
いつも他人行儀に蔵馬、と呼んでいた響きとは違う。
「コエンマ…様…」
どう言っていいかわからず自然に口がその呼び方を紡ぐと、
「んっ…」
ぬめ、とした舌が絡んでネチ、と中をまさぐり始めた。
「んっ…うぅ…」
中に押し込むようにコエンマの舌が熾烈を割り、喉の奥まで入り込む。
「…んっ…!!」
唾液が首筋を伝うと、その液体が、まるでその人が流したものように思えた。
…自分の唾液なのに…
「…っぅ…んんっ!!」
唇が離れて端から一気に生暖かいものが伝い、首筋を伝う液体が混ざり合う。

「ふっ…」
唇に指を押し当てられて、強い眼差しにぶつかると、蔵馬の胸が震えた。
…怒って…る?
「その呼び方はするな、ちゃんと」
「あ…の…コエンマ…」
まつ毛を伏せて目をそらした。…今までにない言葉に、喉の奥が渇く。

苦しい。
「今…儂と向き合っているのだから…」
コエンマのからだは白く、けれどどこで鍛えているのか、引き締まった綺麗な線で…。
見つめることが出来ず、顔を横に倒す。

「蔵馬「あ!」」
顎をとられて、コエンマの瞳が蔵馬を射抜く。焦りと情熱が混じった、初めての瞳に
蔵馬の瞳も熱を帯びた。
「しっかり見ろ…」

男の声だった。

綺麗だ、と胸をなぞると、蔵馬に体が跳ねる。
「あ…うんぅ…」
舌をゆっくりと動かすと、蔵馬の白い体がねじれて、少しずつ下が熱を上げていく。
上に向き始めたものを掴むと、蔵馬の喉が鳴った。

「やっだ…んぅ…んん…」
ぐい、と足を開かせるとコエンマを迎える場所が開いて、コエンマも自分を抑えることの 不可能を感じた。
「はっ…あん」
もう一度足を開かせると、蔵馬の脇腹を撫でて中心をなめ始める。
「うっ…」
びくびく震えるそこを味わうと、コエンマは蔵馬の頬が熱くなっていることを感じた。 「可愛い…」
黒髪に触れたコエンマの指が、今までの、どの瞬間にも感じられなかった力を込めて
胸を蠢くのを感じ、蔵馬は視線を移した。
…その指を眺める蔵馬を、コエンマが、嘗め回すように見る。

普段の雰囲気とは違う力強さに、流されそうだった。
蔵馬の中心を舐め回すと、蔵馬の白い足がガクガクと震えた。
「あっ…!あぅ…!」 何度も嘗め回す舌が熱い。コエンマの舌が、蔵馬の熱を導く。

夢の中で見つめていたコエンマが、自分を現実に自分を抱いている…。
そう思うと、蔵馬の腕が、自然とコエンマの背に回った。
――可愛い――
なぜこんなに翻弄する。
コエンマは思った。

自分も反応していることを感じると、蔵馬の足を思い切り上にあげ、二つ折りにする。
「やっ…!あっ…」

「儂も…男だ…」
おおきく二つ折りにされると、自分のからだと、中心を舐めていたコエンマが見えて、
どうしたらいいのか分からなくなった。
「あん…ぁ…」
甘い声が聞こえると、コエンマのからだが大きなうねりを感じた。
「蔵馬…!!」
「あ…っ…!!」
蔵馬の口がだらしなく開き、首を振る。

「うっ…っ…あ、ああぁ!」
グイ、と入ってくるそれが、大きく蔵馬を突き揺らす。
「あ…ひ…っ」
グラグラ揺らされるたびに流れる蔵馬の唾液が、首筋から胸へ流れる。

体がガタガタで、そして熱くて甘い。
自分のからだから流れるものと、コエンマのからだから流れるものが区別できない。
それでも、コエンマは構わず奥を突き浅くなりを繰り返す。

「ああっ――んぅ」

黒髪を乱して揺れる蔵馬が、一瞬一瞬、自分の欲を掻き立てる。
二人の液体が、蔵馬の胸を濡らす。

「――!」
一層強く奥に入って、蔵馬の瞳が見開かれた。

コエンマに抱きしめられて、そして何度も舌を絡められた。
からだを綺麗にすると言われて、また涙を流した。

からだに入ってきたコエンマの、その熱も忘れてはいない。
忘れられるはずがなかった。

数日前まで、だれにも知られない場所で二人きりで紡ぎ続けてきた
時間のことを…。

・‥…━…‥・‥…━…‥・‥…━…‥・‥…━…‥

「蔵馬、見ろ」
霊界の、だれにも知られないはずの庭園で、蔵馬を抱きしめて、髪を撫でながら
その人は言った。
「この花は…お前に見せたくて…少し早めに咲かせた。」
一面の広がる青い花に、蔵馬はため息を飲んだ。
「凄い…綺麗…」
薄い青と濃い青のグラデーションが蔵馬を包んでいるようだった。
「お前ほどじゃない…」
黒髪を梳いて、コエンマが言った。

鮮やかに、まだその光景が刻まれている。
一度だけ渡されたネックレスも、今、この手の中にまだ残っている。
忘れられない、記憶と体に刻まれたぬくもりが、蔵馬を今前に進めなくしていた。

ザ…

ザァッ――

雨は激しくなり、蔵馬の黒髪を濡らすと体の奥まで侵食していた。
「はっ――クシュ…!」
魔界の風は、雨とともに強まる。
人間界の寒さや雨の強さとはレベルが違う。
落ちてきたと言ってもいい雨に、蔵馬は座り込んだ。
隠れ家は近いのに…前髪から雫が垂れて、頬を濡らす。
服の中までしみ込んだ水が、指先に絡みつく気がした。

コエンマとは、霊界で誰にも知られずに、会っていた。
コエンマの部屋の奥にある、秘密の部屋。
そこで二人笑いあって抱きしめあっていた。
その場所が、少し前から意味をなさなくなった。

「コエンマ様、来ましたよ。」
出来る限りの笑顔で、いつものように部屋を開けて…。
蔵馬は止まった。
「あ…れ…」

誰もいない…。
「おかしいな…」

遅刻かなと思い、蔵馬は座り込んだ。
そうして何時間もそこにいて…誰も来なかった。

2度目の時には、コエンマの部屋に向かってみた。
しかし、だれも来なかった。

…約束だけはするのに…

どうして…。
もしかしてと思い、あと5分、あと3分と、待ち続ける。
無駄な時間が、増えていった。

・‥…━…‥・‥…━…‥・‥…━…‥・‥…━…‥

この隠れ家は…一度だけコエンマと待ち合わせたことがあった。
たった一度だけ、コエンマは普段の世界と違うこの場所を面白がって泊って
いったのだった。
妖狐のころの隠れ家なので、ただの山小屋に近いそこも、コエンマには、新鮮な世界
だったのかもしれない。

「…好きです…」
まだ抱きしめられいる気がして、蔵馬は小さく漏らした。
雨は視界を遮り、霧のようだった。

ああ、この髪を好きだって言ってくれたっけ…。
長いまつ毛の先に、穏やかな視線が合ったことを描いて、蔵馬は小さく笑った。
ふらふらと隠れ家の扉を開いてしゃがみこんだ。
もしかして…

もしかして、これは勘違いで…ここにあのひとは来るのかもしれない…
きっと、きっとこの手を伸ばせばすぐに手を取ってくれる人がいる。
分からない。
真実が分からない。
唇を噛むと、昔聴いた歌を紡いでみる。
「悲しみは次の世界で輝きになる
唱えよ願を…」
もし…次の世界があるなら…もう一度結ばれたい…
「好きです…」
いつか消えても、あなたと巡り合いたい。

誰かに笑われても、それでもこの熱は溶かせないと思う。
ずっと好きだ、と思う。
他人に笑われても、それでもずっと好きだ。


ああ、と蔵馬は思った。
自分は昔の隠れ家だからここへ来たんjじゃない…。
一度だけコエンマが来た場所だから、だからここへたどり着いた。
記憶もぬくもりも、抱えてこられる場所。
窓から見える月が、遠くて遠くて、涙が渇くのをいつのなのか、自分を抱きしめた。


                 


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