LISTEN  TO MY HEART、YOUR HEART−TRUST−鼓動の奥ー

「それ、本当なんだよな〜〜!」

夜の暗い明りの下で幽助はにたにたし始めた。蔵馬は呆れ顔でうなづく。

「そうだけど…。」

さっきの話を聞いていきなり笑い出して機嫌を良くした幽助が不気味だった。なんなんだ、と
伺うように幽助を横から覗き込む。途端幽助は溜まらなくなって蔵馬を抱きしめた…という、蔵馬
には予想しがたい事態が起きてしまった。

「ええっ!?」

目をぱちくりさせる蔵馬だったが、慌てて引き剥がす。

「もう。何、突然」

「だってお前が可愛いから・・・」

 

幽助が言うのも無理は無い。

 

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「出来ないはずはありません。」

雪菜がきっちりと言い切った。蔵馬は余りの真剣な声に驚いて一瞬気おされた。

「雪菜ちゃん?」

「出来ないなんてことありませんよ。蔵馬さん。」

強く言い切って雪菜はにっこり、また笑顔を作った。

そう、と返しかけた蔵馬はふと気づいた、雪菜のバッグの中にある数冊の本。『家庭の料理』
『初心者向け』『おいしい、あの人への一品料理』『基本から習う料理』―――4冊もある。全部、
初心者用のお料理の本だった。

「大丈夫ですよ。」

蔵馬の視線に気付いた雪菜が一冊取り出す。蔵馬は目を丸くした。

「解らないときは、武器を使えばいいんです。困ってるんですから。」

雪菜はそう言って付け加えた。

「大切なことは、作ってあげたいって言う気持ちだと思います。それに・・・」

そこで顔を赤くする。蔵馬からすこし力が抜ける。

「それに、蔵馬さんだって本当は作ってあげたいんでしょ?」

「え―――。」

思いもかけない質問に、誤魔化すのが遅れた。

「いや。あの…。」

「幽助さんに。」

「えっ…。」

これには驚いて蔵馬は一歩あとずさった。

「なんで…・・・」

そんな、幽助と付き合ってることなんて誰に言ってないはずだ。と言うよりもそんな、公表するような
ことではないと思ったから。言ってないし知られるようなきっかけも無い。蔵馬は顔を赤くする。

「…勘です。勘。」

くすっと雪菜が笑う。こうなっては蔵馬はやり返す言葉が無かった。不意打ちは何よりも苦手なのだ。

「じゃあわたしはこれで。」

ありがとうございました、と言って雪菜はワンピースをひらひらさせて去っていった。

 

 

「あ、あの…。」

 

勘?勘って・・・。

最後に思わず一番大事なことをしっかり掴まれて蔵馬は何も言えずに見送った。

 

 

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「蔵馬ぁ〜〜!」

「わっ!ちょっと、危ないでしょ。何するの!」

ぎゅうっと胸に抱きこむ幽助を引き剥がして蔵馬が抵抗する。

「だってあんまりかわいいからさぁ・・・」

「もう、他のことはいえないの!」

 

いってそっぽを向く蔵馬のほおが赤い。

幽助の中に、ぽおっと光が宿る。可愛い。

蔵馬、可愛い。

 

 

   結局あの後志保利に聞いて二日掛けて練習した。恥ずかしかったけどやっぱり、と思い
   返したのだ。雪菜の言葉に押されるように深呼吸して、志保利が帰ってくるのを待って
   拝み倒した。高くつくわよ、と言われながら志保利は優しく教えてくれた。

 

 

 

「だって俺のためにしてくれたんだろう〜〜!可愛い、って思うんだよ・・・。」

「もう、しつこい!」

あからさまな言葉に困っているのは一目瞭然で蔵馬は幽助の方を見ようとしなかった。

しかしそうすると目を見たくなるのは人間と言うもの。幽助は蔵馬を樹に押し付けた。

「なっ…なに?」

キスでもされるかと思って蔵馬は警戒した。それをみて幽助はくすっと笑う。

「お前照れてるの?顔、赤い。」

「てっ…照れてなんかないもん!」

そう言って蔵馬は顔を横に向ける。しかし幽助にとってはもう、 可愛い 以外の何者

でもない。可愛い、照れて余裕が無い蔵馬も可愛い。

暫くして蔵馬は俯いた顔を上げて小さく言った。

「…もう。忘れてよ…恥ずかしい…。」

きっと陰であんなにけなげに頑張ったなんて恥ずかしくてこれ以上言われたくないんだろう。
はいはい、と幽助は頭を撫でた、今度は蔵馬は逆らわなかった。今何かを言うとペースが崩れる
のが解ったからだろうか。

「でも、ごめんな。さっき俺、お前なら何でも出来そうとか言って。」

「あ、う、ううん。」

幽助の誤りの言葉に蔵馬が戸惑う。

「何となく何でも出来そうなイメージがあったから…色々、苦労する所とか想像できなくて。…そう
思ってた。ごめん。」

幽助はばつが悪そうな表情をした。すっと蔵馬の中から、さっきの拗ねたような熱が引いた。幽助の
謝った顔を見ていたら落ち着いてきた。

「気にしないで。」

蔵馬は小さく笑った。

「俺が好きでやったことだから…良いんだよ。」

「蔵馬。」

「俺がしたくてお料理習ったんだから、幽助、おいしかったって言ってくれたよね?」

「うん・・・。」

「それがあればいいんだよ。」

「え?」

解らないという表情をした幽助に蔵馬は桜の樹を指差した。

「…この樹?」

なんか関係あるのか?

「これと同じ。」

「・・・・・・・???」

「あのね。…桜も同じだよ。綺麗って言われたくて、頑張って咲こうとしてるの。毎年ここに、桜を
見に来る人がいるから。綺麗な桜を見て皆が喜ぶからだよ。」

「あ…。」

蔵馬は優しいしぐさで、地面に落ちた桜の花びらを拾う。それを幽助の手のひらに乗せる。なんだか
こんなのは幽助には不似合いで照れくさかったが、逆らえない感じだったので幽助はそのまま手を
広げる。

「幽助が喜んでくれたから、いいんだよ。」

言った途端に蔵馬は又俯いた。こう言う言葉が、蔵馬にしてみれば一番恥ずかしい。…でも。

幽助は沈黙してから蔵馬の肩をぽんぽんと摩るように触れた。

「…ありがと。」

幽助も優しい声で蔵馬の声に答えた。

 

 

「…蔵馬、手、つないで帰ろう・・・」

 

 

 

うん、と蔵馬がうなづく。

ふわ、っと手の平が触れる。

小さいぬくもり。可愛い。

 

幽助は少し強く手を握る。…離れないように。離さない様に。