夢幻-2   濡れ落ちる花弁



その時気づいた。
くん、と嗅いでみると、覚えの在る妖気があった。
黄泉、あの、蔵馬の昔の知り合いだ。
抱きついてきた蔵馬の、縋りつく細い指はすぐに飛影の背に回って、しがみ ついてきた。



そうか。
そう言う、ことか。
ふ、ん。蔵馬には気づかれない角度で、飛影は嗤った。

無駄なことを。
―こいつを奪えると、そうとでも思っているのか。
おこがましいことを。

腕の中の、小動物のようなものを撫でながら、燃える瞳を送る。

―自分以外の世界の全てに。

ふん、と、蔵馬の背に腕を回した。
小さな顔をするりと撫で、髪を撫でる。

「来い」
言ったくせに、飛影はグイ、と蔵馬の腕を引っ張っていた。

ゆっくりとシャワー室の床に蔵馬を下ろすと、飛影は蔵馬のシャツのボタンを外し始めた。
「やっ、ちょっと…」
プチンプチンと言う音が耳に響く。怯えるような蔵馬を宥めるように撫でると、
「大人しくしていろ」
と囁く。
びくん、と体が跳ねて、蔵馬が大人しくなった。
全部を外すと、そうっと、下を脱がしていった。
「ひ、えい…?」
成り行きと意図がわからず、ただ流されるように飛影を見上げる。
いつの間にか、生暖かいシャワーが流れていた。
床に置かれたシャワーは、蔵馬から少し離れたところに流れていた。
するすると下を取り去ると、シャツを腰までおろして、一気に蔵馬を引き寄せた。





そして、熱さが在る。


「はあっ…」
飛影だと思った。湯の熱気の中、蔵馬の唇は熱を帯びて、別の熱も重なり合う。
「んふっ…」
しゃがみこんだまま足を開かせて、唇を重ねる。
そのまま口内をまさぐる。これもまた、熱を帯びた飛影の舌が。
ぬる、とした感触が蔵馬の唇の中を彷徨う。舌を舐め上げれば、堪えきれず逃げようと
するのを逃さない。
――逃がさない。
絡めると、甘えるように答えるくせに、自らは行動しない。出来ない。

――初心なヤツ。
相変わらず。
初めてではない癖に。

逃がさないと思った。そうするわけには行かない。
だってそれは、蔵馬が一番望んでいることだからだ。

ねっとりと舌の周りを舐めると、奥まで舌を入れてみる。
咄嗟に逃げようとする舌を、無理やりに絡める。
「あっ、んう…」
雫が頬を伝い、首筋を伝う。黒髪は濡れていて、艶めかしかった。
されるがままに、結ばれるように悪戯を受け入れる。余りに激しい口付けに一瞬
腰が浮くのを押さえる。
唾液がだらしなく顎を伝う。淫靡だった。
「…逃げるな」
心の中で、お前が望んでいることだろ、と付け加える。


そうだ。本当は、蔵馬が望んでいることだ。

――奪ってやるよ。
喉の奥だけで囁く。
――指先まで、奪ってやる。

「ひ、えい。どうして…」
ああ、こいつは。どうして、俺のことが、わからない。
どうしてそんな瞳をする。
そっちが思うよりずっと、想っているのに。

「俺が、消してやる」
「っ!」
蔵馬の瞳が飛影を見詰めて、恥ずかしげにそらされた。

まとわりつく視線を、消してやる。

「黙れ」
胸にその体の全てを受け止めて、口付けをした。
シャワーが、また少し温かくなった。

「ちゃんと、掴まっていろよ」
「えっ…?」
問うた瞬間、飛影は蔵馬を立ち上がらせた。


「はっ…あぁっ」
妙に艶めかしい、と飛影は思った。立っている蔵馬の体は柔らかくて。
シャワーの音の中で、からだが力をなくしかけている。
意地悪をすることが好き、と言う性分ではないのだが、もう少し、観ていたい。
もっと感じたい。

長い黒髪が濡れて、滴るものがきらきらと見えた。

体ごと全てをぶつけたい衝動に駆られながら、それでも飛影はそれなりに我慢をした。

――絶頂を迎えたら、終わってしまう、と言う想いと、もっとはっきりと感じさせてやりたい
気持ちと。
タイルに寄りかかるように立っている蔵馬は頼りなくて、小さく見えた。
戸惑う瞳とぶつかる。
どくん。

体の奥が思わず反応して、自分が囁く。
――もっと、欲しい。

鳴かせたい。泣かせたい。
この腕の中だけで鳴かせたい。

ぐい、っといきなり抱き込んでみる。
腕に綺麗に収まる蔵馬の、中心が、飛影の中心に触れた、一瞬。
「−−!」
漏れそうな声を堪えたのがわかる。
唇を噛み締めて、また唾液が伝った。
声には出さない羞恥。

力を込めて抱き締めて、飛影はズルズルと座り込んだ。
そのまま蔵馬もズルズルと流される。
「ひ、えい」
消えそうな声は甘かった。喉の奥にまで染み込みそうな声を受け止めると、
くい、と頤を取る。

「俺を、観ろ」
「えっ…?」
蔵馬の碧の瞳、ただ黒髪が反射して見えて、瞳が黒くも見える。
「なん・・・て?」
ザア、とシャワーの音で、飛影の声がよくわからない。
ただ、彷徨っている甘い声の余韻だけが、降ってきた。
「観ろ」
「なに?なに・・・を?」
ぼんやりとしているのは、湯気のせいなのだろうか。


昔盗み出した、中国の宝玉に似ている。
緩く流れるような黒髪から、甘い香りがする。くらくらする。

媚薬の香りのように、飛影の世界だけで感じられた。

こいつは、こんなにも、こんなにも可愛かったのか。

飛影の言葉を捕らえられないことがもどかしくて、 蔵馬は下を向いたが、
「ひえ、い」
ぼんやりと口から出た言葉は頼りない。

シャワーがまだ床に流れていて、湿気と、蔵馬の纏う香りが混ざる。
淡く香る花の香り。

蔵馬は飛影を見て、そして
「…!」
勢いよく唇を重ねた。
「んっ」
伺うようにして、自ら舌を重ねてみせる。
じっと飛影を見詰めて、おどおどと舌を口内に入れて…
「んうっ」
絡ませようと必死になった。

が、
「っ!」
飛影の舌に届くか届かないかのところで、怯えたように止まってしまった。
「んう…」
「いい」
蔵馬の顔を離すと、そう言ってやる。
「無理するな」
「だって…だって」
噛み締めて、続ける。

「あなたが一番って、示したくて…」
瞬間、疼きが飛影を襲った。

ああ、と。解った。今更。

飛影が来たときの怯えた表情。
疑われるのかもしれないと思ったのかも、しれない。

そんなわけ、無いのに。

衝動が飛影を襲って、
「あっ!」
きつく、飛影は肩口を吸い上げた。そして首筋に舌を動かして、また吸い上げた。

「はっ…あっ」
「いいか、信じろ。俺が、お前を離さない」
舐め上げて胸飾りをくわえ込む。
「やっ」
「嫌じゃ、無いだろう」

こう言う時だけ、甘い声で、ずるい。
強引で、ずるいと、片隅で蔵馬は思った。


「あんっ…んふ…」
ピチョ、と音がするくらい何度も何度も二つのそれを吸う。


「あつ…」
白い指が飛影の肩に触れる。



    熱い、と想った。いつもより熱い。でもなにが。
    解らない、もしかしたら、自分の体かもしれないけど、飛影の体かもしれない。



座り込んで、蔵馬はそうっと両腕を伸ばす。
「あっ」
ぎゅ、としがみついて声を出した。飛影は怪訝そうに蔵馬を見たが、何も言わなかった。

ひえ、いだ、と、蔵馬が想った。
この腕の強さ、男としてもっともっと、内に秘める強さを、からだが示している。
鍛えている腕は、蔵馬を世界の他の誰からも遮断するように感じられて。

広い背中は、所々に見える傷跡さえも、魔界での強い飛影の力を示すようで。

少し会わないだけでこんなにも、変わっている。
―蔵馬は知らない。
時折、蔵馬の顔を浮かべて、それを振り切って鍛えていることなど。
そこまで考える余裕は、無かった。

「ふ…」
ゆっくり飛影の背中をなぞる。白い指先がなぞるたび、飛影のからだはビクッと反応した。
蔵馬は気づいていないが、吐息は肩にくすぐったく降り立つのだ。

「もっと、−−てよ」
飛影が聞き返そうとして、蔵馬はそれ以上は直ぐに口を瞑った。
繰り返したくは無い言葉。

もっと、俺に溺れてよ。一瞬だけ、蔵馬は鋭い瞳になっていた。
強く、飛影の肩にしがみついて飛影の胸を舐め上げる。

俺以外の世界の全てを、拒絶して欲しい。

あなたは、あなたは俺の、もっと離さないで。

もっと欲しい。俺はあなたの−。


いつでも、感じられるように今は、欲しいだけ、ください。
誰の気配からも、守って。






                              ”見つめないで つかまえないで
                                迷い込んだ バタフライ
                                 愛しすぎて 大切すぎて
                                  壞れてしまう 私の胸の鍵”
                                   (水樹奈々(迷宮バタフライ)       








Foxyの乃亜さんリクエストの「お風呂で・・・」のお題の
   小説です。2人の間の独占欲が書きたくて。
   続きます。