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ラ ビ リ ン ス 




揺れている感覚は、ずっとあった。



揺れているというのは、電車に揺られてる、現実の動きのことではなく…。
目の前の画面が揺れている、感覚のことだ。目の前の画像が揺れる。目眩。
『次は…』
アナウンスの声が遠く感じられた。背中に汗を感じて、車両の出入り口付近に
もたれ掛かった身体の力を抜いた…。
我慢…出来そうだ。
吐き気ではない、多分貧血。
分かっている。今日飲み過ぎたせいだ。金曜の夜遅く、サラリーマンや若い
女の子で混み合っている車内は、いらいらと浮かれた空気が混ざっている。




ここ数週間続いていたプランの関係会社との飲み会があった。
最近ずっと10時ま残業で余り食べていなかった蔵馬は、ギリの付き合いも多かった。
注がれるままに受け取り笑顔を作っているうちに、身体にアルコールが回っていた
ようだ。機嫌を良くした社長はたまに蔵馬の肩を抱き、色々な自慢話をした。
笑顔で別れを告げて一人になった途端、画面が揺れ始めた。
ああ、駄目だな…。
疲労と言うよりも怠さを感じる。
その時、覚えのある駅名が見えた。
…良かった…。駅だ。


カチャ…
アパートの扉を開け、無造作にコートの投げた。ああ、もう綺麗に
かけるような余裕はない…。
「はー…」
自分の息にアルコールを感じる。水を飲むこともだるくて、このまま意識を
なくしたい。ベッドに倒れ込むと、乱れた髪を整えるのも面倒で、片手
で布団を引き寄せる。
色々なことを思い出そうとして、でも頭が働かない。脱力する。



肩まで布団を引き寄せ長い睫毛が伏せられた。人間社会の中で生きる疲れを、
久々に感じて居た。



小さな息が、夜の闇に熔ける…。その中で、そっと、その頬を撫でる指があった。
「…くら、ま」
小さく名を呼んでも、目が開かないのを確認して、撫でる指は優しかった。
「本当に、小さいんだな」
銀の髪をしたひとは、何度か頬を撫でると、顔をすり寄せた。
「その疲れ…俺にも伝わってくるぞ」
…俺も蔵馬だけどな、低い声が漏れた。
「この世界は、お前には少し重すぎる」
目が細められた。
「それでも、お前の周りに、お前を守るヤツが居ること…嬉しく思う」
小さく微笑むその人は…帳に消えた。





数日後。
「大変なんだな、お前」
そうそうに仕事を切り上げたその日、偶然であった海藤と蔵馬は居酒屋にいた。
「もう本当に色々きつくてさ…」
「あいつとは会ってないのか?」
「うん…向こうも忙しいからさ…」
それに、と言いかけて言葉をのみ込んだのは海藤だった。
「なんだよ」
「いや…嫌だろう、向こうだって…俺が機嫌悪くて苛々していると」
乱暴にフォークを突き刺して、蔵馬はため息をついた。海藤はウーロン茶を追加注文
してやりながら、笑っていた。一人の時でも、恋人との時間でも家族との時間でも
ない、特殊な時間を自分が許されていることに少しにんまりする。
「まーいいじゃないか、いつでも聴くし、美味しい店チョイスしてやるから
電話して来いよ」
「うん…」
済まないな、と言いそうになる蔵馬を制して、刺身の盛り合わせを追加する。
「苛々ってなんだよ」
「あー…ちょっと理不尽なことがあったりしてさ…」
会社でのことを一気にしゃべり立てる。やっぱり個室にしてよかったと思う。
「そりゃあそうだな…社会ってそんなもんだよなー」
「…そうだけどさ…あんな言い方しなくたっていいと思うんだろう、
言い返せなくてさー」
自分にも苛々を募らせていた蔵馬は、延々喋り続けた。



―――なんだあいつ。
銀色の髪を靡かせて、妖狐は思った。
―――俺は知らないぞ。
人間界で蔵馬が関わっている男、名前は知っている。小さな社会の中で、いつの間にか
心を許していた相手。幽助とは違う意味で。…妖狐は、許したい相手ではない。
「浦飯とかじゃないのかよ」
恋人が魔界にいるなら、人間界では浦飯に愚痴をこぼしに行けばいい。
俺が認めているやつじゃない。あの同級生と、この蔵馬は親密ではなかった
はずなのに。
白い耳をピク、と揺らし、妖狐は唇を、噛んでいた…カイトウ、と言うヤツに
見せている表情は、自分の知らない…。自分が認識した存在ではない相手に、
見たことがない表情。
「俺の知っている世界で、吐き出せばいいのに…」
共有したい。



友達って、こういうものかと、蔵馬はコートを掛けた。
気付かない疲れは身体を侵食して、いたようだった。それが少し軽くなった
ような…これが、人間の普通というものだろうか。
今日は深い眠りに入れる気がする。


…深い眠りは、確かに訪れた。
結界を貼り直して、穏やかな表情で瞳閉じる蔵馬は、気付かなかった…。
少しずつ闇の中で揺らめく銀の人に…。
閉じられた瞳の奥底…形のない、揺らめく世界。
ハッと、振り返ったのは、蔵馬だった。沈黙だけが満ちる、まぶたの奥の世界。
遠くから誰かが手を引いているような…そんな錯覚。
「え…?」
知らない声が、する。蔵馬と…。
くら、ま。
直ぐそばで誰が名を呼んでいる。はっと後ろを向くと、また…誰も居ない。
ぞわ、と背中を駆け上がるのは、恐怖に似た悪寒。
「誰…!?」
声を上げても…世界は真っ白いままだった。
「…!!!」
首筋に感じる、冷たい手。氷のような…。そっと、その手は脇に落ちた。
後ろから自分を抱きしめている感覚…気配もないのに。

ごくんと蔵馬の喉が鳴った。振り返ると、銀の髪のひと…。
耳元に暖かい何かを感じて、叫びそうになった。
腰まで回った手に、蔵馬の声が震えた。
「よう…こ?…」
蔵馬を抱きすくめていたのは、紛れもない、もう一人の自分だった。
蔵馬よりも大きな妖狐の身体は、すっぽりと蔵馬を包んでいて、蔵馬の
耳元をペロ、と舐めた。
「…よ…う…」
「久しぶりだな…蔵馬」
「久しぶりって…」
耳元を舐める唇を止める。
「あの武術会でお前が呼んで以来だな…」
「え…」
「尤も、俺はお前をずっと見ていたがな」
白いシャツに入り込む、蔵馬よりも白い腕…。
「ひっ…」
ひやりと、妖狐の指の冷たさが蔵馬を襲う。それは蛇のように…臍の
辺りまでを撫でた。
「俺は、ずっとお前を見ていた」
ゆっくり這う指が、言葉とともに熱を帯びた。
「ずっとって…」
あ、と蔵馬の腰がしなった。冷たい指の先だけが熱い。


分からない、分からないけど警笛が鳴る。何故か、動けない。凍り付いたように動けない。
「来い…」
グイと、引かれたのは蔵馬のほうだった。男の力…糸を引くように、妖狐は蔵馬の腕を
引いた。
「いたっ…!」
「黙れ」
なに、と言う間はなかった…。伸びてきたものが、纏わり付いていた。
壁に絡まる、蔦のようなもの部屋の端だった。うねうねと絡まり合う触手だけが、蔵馬に
向かって伸びていた。幾つもの触手が生きているように、うねっていた。
「大人しくしてろ。かわいがってやる」
大きく、蔵馬の瞳が見開かれた。全身を、ぞくっとしたものが包む。
もがくことを…蔵馬は、忘れた。
「あ…!!」
鋭い痛みに、声が響いた…蔦は蔵馬の腕に絡み、つかみ上げていた。
「うう!」
そのまま腕を頭上で絡ませ、それは蔵馬を立ち上がった姿勢で固定していた…。足が、
床に着かないギリギリの、脱力…。突然入り込んできたものに、蔵馬が呻いた。
口の中に侵入した、数本の蔦。
「ひっん…」
白いシャツのボタンは、弾け飛んだ。ジワジワと濡れ始めた蔦が、胸をまさぐって
いた…。
立ち上がり腕が固定された蔵馬を、妖狐は笑って見つめていた。

「可愛いじゃないか…」
氷のような声…蔵馬の身体を、汗が流れた。
「んんっ…!」
途端動き出した蔦に、蔵馬は身をよじった…。下半身に、入り込む蔦。
ズボンの隙を縫って、秘部を探すように、蔦は下から入り込んだ。
「あ……な、に…」
「知らないお前を、許せない」
人のものでもなく、知らない感触…。妖狐の声は、自分の記憶した声ではなかった。
もっと、もっとあのときは穏やかで…武術会で覚醒したときは。床に着かない足が、
震えた。
「お前の世界は俺の世界だ」
「…?…」
ぼんやり、自分を見つめる蔵馬の瞳は、全然分かっていない。可愛い顔をして、悪魔の
ような子だ。同じ世界を共有して生きていけるはずなのに。妖狐の周りを、燃え上がる
ような空気が広がった。
「あうっ…」
脇をくすぐるように触手がうごめく。身体の端々を這い回る動きが、速さを増した。
腕に絡まる蔦が、揺れる蔵馬の動きで、赤い跡を残して。
「んふ!」
重なった温もり…妖狐の唇。
「んんっ!」
逃げようとする舌を許さない、絡まる舌が、蔵馬を追い立てた。…歯列を割る音が
響いた…。逃がすものかと、逃がしはしない。支配したい。綺麗でずるい生き物を。
…ケフ、と蔵馬の顎を、唾液が伝っていた。ああ、興奮する、と妖狐は思った。
興奮のまま、妖狐は蔵馬の胸に舌を這わせた。ああ、この白い肌。汚したい。
「いっ…あ…っ」
な、ぜ。訊くことは、不安定なからだに入らない力を呼び起こすだけで精一杯で、
出来なかった。

…女よりも可愛い顔だな……
間近で見ると、見とれてしまう。やはり媚薬だ。人間の身体は。
「俺はお前が好きだ…」
囁く声に、蔵馬の力が、抜けた。
「ひいっ!」
ズボンの中に、入り込んできたのは、触手と妖狐の指だった。下着を邪魔だと言わん
ばかりの勢いでずらすと、触手はパサリとそれを落とした。


シャツだけを纏い下半身が露わになった蔵馬を、妖狐はニヤリと眺めた。白いシャツは
蔵馬の腕を包むように飾っているだけで、立ち上がっている蔵馬の下半身が、はっきりと
濡れているのを…甘く見つめた。これだ。こうして支配したかった。
触手は、蔵馬の毛を這い回りくすぐり、そのまま奥を探り当てるように蠢いた。
「あ、あ…」
蔵馬が首を振るたび、唾液が散った…その様は、美しかった。

ジワジワ濡れ始めた蔵馬の先端を、妖狐は凝視した。…知っている。
こういう風に、見られる羞恥を、蔵馬は持っている。この妖狐の視線こそ、蔵馬を支配
する証しだ。
「罰だ」
言えない言葉を、この夢の世界なら言える。自分の知らない世界を持つ罰。ギリギリ腕に絡まる蔦が、
蔵馬の力を奪っていた。
「んんっ…」
胸の飾りをくすぐる蔦に、漏れる甘い声。確かに這い回る甘い感覚に、蔵馬は身をよじった…。
甘さと、痛みが身体中を包む…。見られているのに…。

「本当に、お前は可愛いよ」
妖狐の、声だった。銀の爪が、蔵馬の中心を掴んでいた。
「あ、あ!」
ビクンとしなる背中。
「こうするほうが、いいか」
「あ…ん!」
梳く力は優しく、そしてグイとそれを抜くように引いた。
「あ…は!」
蔦はグイと、蔵馬のシャツを抜き去った。こうして見つめると、蔵馬の肌は、この
白い空間に溶けるようで。
「クッ…」
笑うしか、なかった。蔵馬を支配できるのは自分だけ。こんなに
甘く綺麗な生き物を支配できる。薄く色づく桃色の胸飾り…。


「あ、ん…!」
上がる声が、媚薬だ、もっと。
胸飾りを舐めあげると、下半身も捻れた…刺激は身体中を巡り、蔵馬はイヤイヤをする
ように首を振っていた。臍から胸飾りを舐めると、腰がしなる。
「どう…して…」
どうして、どうして冷たい目…。…その言葉は、ただ銀の狐を、煽るっていく。妖狐は、蔵馬の胸飾りを、
ガッとひっかいていた。
「あ…!!ひ…!」
赤い痕が、この空間に映えた。
「知らなくて、いい」
苛立ちは熱となり、蔵馬の唇に重なった。妖狐の舌は暖かく、そして熱を帯びていた。
「ひ…あ…」
上から下へ…。触手は蔵馬の尻の方へと回っていく。
「い…や…」
初めて、蔵馬の口から感情が漏れた。何をしたいのか分からない。
こんな…こんな酷いこと。
「濡れ始めてるぞ」
ゆらゆら、と妖狐の片手が蔵馬のものを揺らす。後ろに回った蔦が、蔵馬の中を探り回った。
「はっ――ぁっ……」



―――別に、自分が抱こうとか思っていなかった。でも、自分の知らない世界を持つこと
が許せなかった。人間の姿の蔵馬は、自分が見守る存在であって、そうあるべきだと思う。
でも、優しくするだけで、いられなかった。


ベトついた指は、成果だった。蔵馬を支配した成果。
「ほら、とろとろだ」
くす、と笑う。目があって、蔵馬は床を見つめた。流れた涙が、綺麗だった…。
ふらふらと、足が頼りなく揺れた。
「ふっ…あ」
前と後ろを嬲る蔦は優しく、そして緩かった。幾つもの蔦が重なれば、それが刺激の
重なりだった。
「う…は…ぁ」
ベタっと、唾液は床を染めていた。
「もういい」
パチンと、妖狐は指を鳴らした…触手は、ガッと白い腕から離れた…。



「あ、あ!」
ガクンと、床に尻を突いたのは蔵馬だった。
離れた触手はそのまま後ろへと回り…かき混ぜていた。
四つん這いの格好で、蔵馬は倒れ込んでいた。




「あん…ぐっ…」
一層刺激が強くなり身体が跳ねた。妖狐の指が中心を何度か、より強く梳いたのだ。
すると後ろの触手も、動きを激しくする。
「あぐ―う」
悲鳴さえ、上手く出せない蔵馬の腕も足も、苦しみと甘さに喘ぐ蔵馬が、愛しかった。
「かわいい…」
胸から唇を離し、うっとりと、蔵馬の耳で囁いた瞬間、
「あっ…ぐあ―――!!」
びくっと身体が大きく跳ねた。
「ああ―でちゃったな」
荒い息の蔵馬に突きつけた、手のひら。
「あ、あ…ぐ…」
脱力しながらも、後ろの穴を探り当てている触手が、解放してくれない。妖狐がふう、と息を
吹きかける。
「声も聴きたいしな」
だらだらと、床によだれと涙のシミが増えていた。

「俺も楽しませてくれよ」
その言葉に、蔵馬の心臓が跳ね上がった。
まさか…。
「や…―――ああぁ!」
ぐいと、蔵馬の身体が反転した…。

後ろに回った妖狐が抱き留める。そして、あぐらを掻くような姿勢になると、蔵馬を抱え
込んだ。背中に温もりを感じ、蔵馬の身体が跳ねる。
「な―――なにを…」
「思う存分声が聴きたい」
足を大きく開かせると、蔵馬の身体を少し大きく持ち上げる。もがく蔵馬を。押さえ込む
など簡単だった。冷たい空気に、からだが震え、蔵馬の声が響く。
「や、…やめ…やめて」
次に来るものを予想して首を横に振る。飛び散るものが涙か、さっき零れきらなかった
よだれか自分でもよく分からない。しかし、懇願は無駄に終わった。
「ひい!」
上から妖狐の身体の中心におろされて、刺激に声が響く。妖狐は蔵馬の身体を何度か上げ、おろし、を繰り返す。
「ひっ…やめ…あ…」
目の前が時々揺らぐ。何度も、妖狐の身体の中心が蔵馬の身体を刺激する。白いからだが
自分の身体の中で跳ねるのを感じ、妖狐はうっとりとした。
「…綺麗だな」
どんなときでも本当に綺麗だ。
蔵馬には、その声はまともに聞こえていなかった。体中が変に熱くなり、中心も少し熱い…けれど確かに感じる痛みに、
苦しさが増す。
「もう…やめ…」
「そろそろ、確かに…な」
そろそろ苦しいだけの蔵馬では、足りない。
「あう!」
蔵馬の身体をうつぶせにすると、がっちりと身体を密着させる。冷たい汗が、蔵馬の背中を流れた。
「…やめ、やめて!!」
逃げられない体勢でも蔵馬は首を横に振ってイヤだと訴えた。腰に密着する、妖狐のからだが熱くて、そして一回り大きな身体に
逆らえるはずがなかった。

「聞けないな…ここまで来て」
「よう…こ…いや!」
妖狐の声は、ぞっとするほど美しかった。興奮は膨張を呼び起こす。
「あぁ―――っ」
蔵馬は悲鳴を上げた。抱え込まれたからだは、ただ震えた。何度も突き上げて
くる妖狐が、別の人のように思えた。
「あ、う―――」
蔵馬の中心だけが、素直に動いていた。妖狐に素直に支配されているように。
目ざとく見つけた妖狐は、片手でそれを包み、再び刺激を与える。

「あ、ふ…んう」
ぐらぐら揺さぶられている自分と、中心が別物に思えた。
更に奥へ、更に熱く、腰だけではなく、欲の全てを、妖狐はガッとぶつけていた。
「やっ…ああ!」
ドロと床を塗らす液体。
「あ…よう…こ…」
何を写しているのか、掴めない瞳で蔵馬は床に突っ伏した。



出続ける涙を拭いて、妖狐は小さく囁いた。
「めぐりあいて…って知っているか」



めぐりあいて みしやそれとも 分かぬ間に 雲に隠れし夜半の月かな




★改訂しました★

一番下の めぐりあいて…は。紫式部の歌です。恋愛とは全く関係のない
歌なのですが、とても合う歌だったので、無理矢理ですが使ってみました。
妖狐×蔵馬は、そうらみことちゃんのリクエストで書きました。
初めてのパターンで新鮮でした。







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