世界一孤独なLover


「幽助、ゆ…」
きい、と音を立てて、行儀良く靴を脱ぐ。揃えて置いて、ふと気付く。
…まただ…
幽助の靴は適当に脱ぎ散らかされていて、蔵馬はため息をついた。
指を伸ばして、其れも揃えてあげる。
くす、と小さな笑いが浮かぶ。
…こう言う事は、嫌いじゃない。



ぱち、と電気をつける音がして、蔵馬は目をあけた。
「蔵馬、きてたんか。」
仕事の帰りとは言っても、幽助の場合はラフなTシャツにズボンで、余り整えられていない 髪のままだ。
幽助のベッドでいつの間にか眠っていた蔵馬は、少し乱れた髪に触って起き上がる。
いいから、と幽助は蔵馬の肩を押さえてベッドに上がる。
「幽助…お腹空いたでしょ…」
幽助から目をそらして、蔵馬は言う。幽助の手を押し返すことは出来なかった。出来ない。
蔵馬には、幽助の全てを跳ね返すことは出来ない。 会社帰りのシャツのままで幽助のアパートに来て眠っていた蔵馬は、中途半端に乱れた感じで
妙に幽助を煽った。



そのままベッドにもつれ込む。


「あ…」
白い肩に指が触れる度に蔵馬が真っ直ぐ幽助を見る。
幽助は蔵馬の身体をじいっと見つめて、それでも蔵馬の頤はとらない。
「蔵馬…」
熱い息が上がるほど、蔵馬は幽助に流される。
足を広げて蔵馬の中に、勢いのままに侵入する幽助を、受け止めきれず声が上がる。


「はっ…んっ…もっと…ゆ…」
ゆっくり…
其れを何と受け取ったのか、にやりと笑い、ぐいと、腰を進める。
「あっ…!!!」
違う…そうじゃなくてゆっくり…
言えず、蔵馬の意識が途切れた。

鳥の声がして、朝の光を感じる。
「ん…」
だるさが身体と意識を支配する。…ぼんやりとしているのを無理矢理起こして、蔵馬は立ち
上がった。
「んっ…」
下半身に違和感を感じる。痺れる感覚が、まだ残っている。
座り込みそうになりながら、気を強く持って歩き出す。

幽助はもう居なかった。


”俺、誰かとつるむの嫌いなんだよね”

ある日ふと漏らしたひと言は、大きな引力を持っていた。
今までの蔵馬の世界とは少し違う、人間らしからぬ強い言葉。
どきんと、鼓動が速くなった。
”みんなで一緒にいるだけのヤツって嫌い”
そうなんだ、と隣で笑いながら、蔵馬は自分の手で幽助に触れた。
そうっと、幽助の頬に触れた。
柔らかい唇を幽助の唇に重ねた。
「蔵馬…」
驚いた声をだしながらも、幽助は蔵馬の肩に手を回した。



「ねえ、幽助…ここに一緒に…」
雑誌を広げる蔵馬の手を押さえて、幽助は雑誌を閉じる。
「俺、世の中のヤツみたいにいちゃつくの嫌い」
そ、そう…と言って、蔵馬は俯いた。


その繰り返しで、半年になる。
ベッドで辛い思いをする訳じゃない。
ただ強引なだけ。

満たされた気持ちになる。
ベッドに沈んで微笑んでくれた瞬間は…。
蔵馬と囁かれる瞬間は。

でも、と思う。
冷たい唇。
ああ、まただ、と思う。
朝はいつも幽助は出かけていて、幽助の家なのに蔵馬だけが居る。
「会社…行かなきゃ」
長い睫毛を伏せて、言う。


でも、こんな時が来るなんて思って居なかった。
「え…」 ぱりん、と音がして、100円で買ってきたお皿が割れる。
「だから…俺…もうお前と一緒にいられないって…言ってるんだ」
妙にまじめな顔をして座り込む幽助にびっくりしていたら、本当にいきなりの言葉に…

蔵馬が固まる。
丸い瞳が益々丸くなる。
「わるぃんだけど俺…俺のわがままでお前振り回して悪い…」
なんどもそれだけを言う幽助が、遠く思えた。

何言われているのか。
どう言う意味なのか。
…なんて言いたいのか…。

嫌いになったのか…なんなのか…。
気が遠くなるような感覚だった。
「そん、な…」

「わりぃ…」
両手を合わせて、ただ其れを繰り返す。
だから合い鍵を返して…と言う言葉がリフレインする。

急に胸が苦しくなって、倒れそうだった。
どうやって帰って来たのか、幽助とどんな会話をしたのか分からない。
忘れた。

ずるいと思った、息が苦しい。
…ずるい。

…自分だけが悪いように見せかけて…
傷ついているのはこっちのほうだけなのか。
引かれたのもこっちだけなのか…。
ただ、唇を噛みしめた夜だった。