切望は甘さにも似た迸り

  霊界に捕まった頃の二人 飛蔵 T  

暗い空間には慣れていた。魔界に居た頃、何度も一人嵐が待つのを、去った。
その頃を少し思い出す。
ただ違うのは…思い出す人が居ること。


独房に入れられた、それぞれ。
蔵馬は特にすることもなく、
独房で膝を抱えた。
飛影はどうしているだろう。
裏切り者…言った時の飛影の目が、浮かんできた。瞬間…。
ギッ…と、錆びた扉が開いた。
いや…荒々しく、開けられた。
ガン、と言う音。


「貴様っ…」
空気の全てを破壊しそうな程の妖気…。
鎖で封じられても解る…。
溢れるばかりの…憎悪…か、…それに似た、何かと混ざった感情。
何か、多分自分でも言葉に出来ない苦しみに似た、形のない、
表現の出来ない痛みが、その人から溢れていた。
「飛影…」
「貴様!」
バン、と冷たい破裂音のような音がした。
熱さが…蔵馬の頬を焼いた。引っぱたかれた、一瞬後に残る冷たさ。


「殺して…やる!」
ガッ…と、腹を裂くような痛みが続いた。ぐっと蔵馬の腹を突く衝撃が、
牢に響いた。

はっ、と、吐くような息を、蔵馬は漏らした。妖気は押さえられていても
たとえ幽助のあのときの攻撃で弱っていても、元々飛影と、ただの人の身体の
蔵馬では耐える力も、相手を痛める力も違う。
「飛影っ…」
目が、あった。
初めて会った時と同じ、蒼く深い飛影の瞳。交わっただけで鼓動が高まる…。
妖狐の頃には知らなかった高まり。…手を伸ばしたくなる。
攻撃的な気を纏う飛影を前にしても、堪えきれなくなりそうで。
この瞳の全てになりたい…。
そのために、失うわけにはいかない。
ぐっと、蔵馬は喉元に力を入れた。そうでもしないと飛影の腕にしがみつきそうだ。

「殺せば…」

蒼く光る瞳の奥に光る…燃え盛る熱を…その欠片を、手に入れたい。
「俺を…殺せばいい。でも…」
フッと口元を上げて、蔵馬は漏らした。
小さく…。
蔵馬が息を呑んだのが分かる。僅かな喉元の動きでさえ、飛影の手を一瞬戸惑わせた。
駄目だ。こいつをずっと見ていては、あの…妖狐蔵馬。傍で見ると、本当に人形のよう。
…女のような…蔵馬。
高まる…不可思議な、むず痒さ。
こんな気持ちを抱かせる目の前の、人の形をした半妖を、蹴り上げたくなる。
敵でも味方でもない、今は何の力もないくせに…飛影より弱いくせに。
怯まない。

「覚えておいて」
高い声が、ふと聞こえた。


「人間を殺せば…霊界に追われて捕まれば…あなたに未来はない」
未来…。
妙に、胸が疼いた。飛影の瞳を只蔵馬は見つめた。数秒…。
人間の身体の蔵馬の鼓動が聴こえそうだ。
「ユキナ…」
飛影の、喉元が爆発しそうな、言葉だった。

初めて会ったときに自分が不注意にも漏らした言葉を、なぜ今こいつが口にする。
何様だと、身体中を駆け上がる嫌悪を知ってか、蔵馬は繰り返した。

「ユキナ…」
もう一度蔵馬は言った、飛影の瞳が炎の輝きを潜めた。
飛影の拳に力が入ったのを見ても、蔵馬は何も声を変えなかった。
「探しているんでしょう…」
蔵馬は、今度ははっきりと笑った。嘲りと情熱と…どちらにも見えた。
長い睫毛が、震えていた。

「ここを、出ましょう」
重なった、蔵馬の手が暖かった。
熱さでは無い…ひやりとするような、落ち着かない熱さ。
知らなかった。触れるだけでじわりと広がる熱さを。


「あなたの前に飛び出したこと、後悔してない」
俺は…と、消えそうに蔵馬は言った。
「あなたを失いたくない」
だから…早く…独房に、いまは戻って。

「後悔なんかしない。俺はどんな時も、嘆くより前に進みたい。
あなたも…そうでしょ」


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