好きでスキデすきで…

今の自分をさすようで蔵馬は目を閉じた。

「―――。」
小さく漏れた声は一体誰の名を呼んだものだったのか。

何度も眠ろうとして、でも今夜なぜか眠れなくて。
寝返りだけをいたずらに打ち続けて目を開けたのが夜中の1時半。
規則正しい時計の音だけが響いて、でも隣のぬくもりだけが無かった。
シーツの上は綺麗なままで。
2人で寝た時のあれとは違う。

そんな風に、突然に思って。

月の光。誰にでも同じように見えると言う。

それならあなたは。今も…これを見てくれている?
それとも・・・魔界に居るの?

  『知ってるか?月ってさあ、俺たちの気持ちを汲み取るんだってよ。
   満月の時は皆が幸せな時で、少しでも形を変えてる時は、それだけ誰か
   がどっかで泣いてる時なんだってよ』

ある日の飲み会で幽助が酔いながら笑って言っていた言葉。
迷信だよなあ、と幽助は笑って、いつものようにその人はそっぽを向いてた。



それを思い出す。
刺すように。鋭い光が胸に響く。
「誰かが泣いてる、か。」
それなら。
それならどうか。


   『魔界に帰る』
飛影がそう言ったのは当然といえば当然で。        
開口一番に飛影が言った言葉だった。       
蔵馬は今までどおり人間界に残ると決めた。
       
判っていたことだけど。 
仕方の無いこと。
だから言えなかった。
ただ一言。

―――また来て下さいと。


その一言がいえなくて、あの時、身を翻して立ち去ろうとした。
飛影の、―行き先など知らない―――
飛影の黒衣を掴んでただじっと見つめるしかなかった。飛影は僅かな沈黙の後で、
何も言わずにただ自分を見返してから去って行ったけど。


…あれから、あなたは今どうしてる?

あの日から一ヶ月。
飛影はどうしてるんだろう。
一緒にこの部屋でぬくもりを確かめ合ったのはいつのことだろう。
遠く昔のことのような。 
つっとシーツに手を滑らせて見る。
なんの温もりも無い、無機質な冷たさ。その人の居た跡すらも今では
消えてしまっている。
「…っ……」
言葉には出来なくて、俯いて崩れた床に雫が零れる。


会いたいよ。
「…」  

どうか、月よ。
この想いを届けて。

言葉にならない。
音にならず、ただその名を零す。

ねえ?あなたはいまどこにいるの?
こんなに会いたい。
蔵馬はただ記憶に残る唇の跡をなぞった。


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