Re: Longing 5



魔界の奥の森に、その深く奥の洞窟に、小さな池がある。コエンマと密会を繰り返した
あの森よりも、もっと遠く…きっと魔界の誰も知らないエリア。

妖狐はその池に時折休息を取りに来ていた。
その周りに、今もずっと息づく結界がある。

コエンマと出会ったあの湖にも似たその池に、青白く枝を伸ばす、細い木があった。
その枝先に、あの布のように…霊界の象徴のように光る、似つかわしくないほど
神々しく指輪。遠くからでも分かる、世界の全てを包むような眩しさ。
蔵馬は、無言でその枝に手を翳した。
ふわりと…指輪が揺れ、枝先から落ちた。蔵馬の手のひらに、それは収まった。

「嘘は、つきませんよ」
振り返る蔵馬の黒髪が、青白い枝の反射する光に照らされる。
コエンマが手を差し出すと、指輪は蔵馬の手のひらからそこに落ちた。
ああ、変わらないとコエンマは思う。あの頃の、この指輪の重さ。高価故に、普段は
持ち出す勇気が出ないほどの指輪。この指輪の重みは…統治するものとしての
自覚にも繋がる。
「あなたの手が、一番似合う」
ふわりと、蔵馬は微笑んだ。
池に映る蔵馬の黒髪が…一瞬水面に揺れ…銀色に見えた。

「くらま!」
かつて、妖狐を読んだときのその声で、コエンマはその肩を揺さぶった。
くらま、蔵馬と。碧の瞳…濃い茶色の瞳よりも丸く、けれどどこか重なる
鋭さも持ち合わせる。
「コエンマ…?」
蔵馬を抱いた。コエンマは、握りしめるように蔵馬を抱きしめた。

「やっと、逢えた!」
「あっ……!!」
ハッとした瞬間、背に当たるガツガツとした感触。木の幹に、蔵馬の背中が
当たっていた。蔵馬の肩を幹に押しつけて、コエンマは首筋に噛みついた。
「いっ…!た!」
ひきつり、蔵馬は呻いた声を上げた。

ぱんっと鋭い音がした。コエンマの身体が、今度は引きつる番だった。

「妖狐も…俺ですよ」
蔵馬の声がした。コエンマの頬を叩いていたのは、蔵馬だった。

「でも今の姿の俺も、俺です」
言葉につまったのはコエンマだった。けれど蔵馬も苦悶のような切ないような
表情で、地面を見た。
「それは…」
「あなたには、出来ない」
泣き笑いに似たように、唇を引き上げ、蔵馬は言った。
コエンマの頬を、蔵馬の両手が挟んで撫でていく。

「…変わらないまま、あなたは俺を捕らえた」
あの頃のコエンマと変わらないままの不器用なままで。情に脆く…部下や周りに
押されそうなコエンマを、蔵馬は一瞬思い起こしていた。
「でも、強くなった」

あの頃のコエンマなら…権力で蔵馬を奪うことは出来たはずだ。
力ずくで捕らえたままで置くことも出来たはずで。情欲に溺れて。

でも、蔵馬は闘いの中に生きる者だ。だから武術会に送り出した…。
幽助に協力はしろとは言ったけれどコエンマならどうにでも出来たはずなのに。

「手込めにはされてないよ」
権力で蔵馬を抱こうとしたのではなく…。

なにか、暖かいものが、コエンマの唇に触れた。蔵馬の唇だった。
黒髪ごと、蔵馬の身体を押しつけるようにして、コエンマの吐息ごと、
飲み込むように重なる…。


「んっ…」
息を漏らしたのはコエンマだ。
間近に見る蔵馬は、あの頃よりもずっと柔らかな瞳をしていた。

「きっと、あなたは守れる」
コエンマ自身も、幽助のことも…。あの頃よりも冷静に、他人を鼓舞し
導いていける。

「抱きしめて、あげる」
刻まれた、熱情がまだ蔵馬の身体に残っているように、火照っている。
コエンマの焦がれを受け入れる覚悟をした。霊界からどんなに批判を浴びても、
知られても、この皇子を包み、そして自分を導かせてあげる。
自分の運命を、半分預けてあげると。
全てを頼っては弱くなるだけ…。立ち止まって自分を嫌になっても逃げ出したく
なってもその欠片を受け止める。

だから、心を重ねる。

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