Re: Longing 2



霊界のコエンマの部屋の扉を閉めて、蔵馬は与えられた部屋に戻った。

パタンと小さな音を立てて扉を開ける…さすが霊界の王の住む建物、やけに白くうっすら
輝いている壁が、ここは特別な空間なのだと教えていた。

コエンマの部屋を出ると…ここでは自分はただの部外者で…罪人だ。
それはそれで覚悟していたことだ、自分のしたことに後悔はない。
後悔するくらいならあんなことはしていない。…けれど幽助の言葉が突き刺さったままだ。
…暗黒鏡以外に、どうすればよかったのか、今でも分からないけれど。

ちらっと、コエンマのいた部屋を見た。一瞬だけ。

あなたのことは…消えそうな声で、蔵馬は呟いた。
あなたのことは好きですよ。

好き…その概念が人と同じとは限らない。人間として生きて人間の感覚に全て
染まっているほど、優しくはない。優しさには、触れたけれど。
生きて、人の感覚も覚えた、二つの生き方を持ち合わせる存在なのだ。
部屋のベッドの座り込んで、蔵馬は黒髪を梳いた。

人の優しさを持って接しているのは母親にだけで…。

コエンマのことを、一瞬思う。
端正な顔立ちの王子と初めて会ったその日、吸い込まれそうで真っ直ぐ見つめられ
なかった。霊界の王子は、話もうまく、得体の知れない妖狐にも無邪気で笑わせてくれた。

魚を火で焼いて食べることを教えたとき、熱いのにそのまま直ぐに食べるコエンマを、
ただの世間知らずだと笑った…その時、言われたことを思い出す。
「知らない世界を、お前が教えてくれ」

初めて触れる外の世界の存在だったのかもしれない…。

華奢に見えた皇子様は…世間知らずで…身体を重ねることも知らないのかと、心の奥で、蔵馬は思っていた。
けれどコエンマは、熱い身体を持っていた。
引き締まった筋肉を強く押し当てて、蔵馬の白い肌を弄り回した。
激しい吐息は蔵馬の耳に強くしなやかな刺激を与えた。んっと、蔵馬が息を吐くとコエンマが
熱く、煌めいた腕を重ねてきた。
蕩けるような波が去った後、コエンマは大概蔵馬の耳を撫でた。
「柔らかい」
くすぐったそうに蔵馬が身をよじると、コエンマは益々耳を撫でた。

蔵馬も気まぐれな生き物で…コエンマの身体が来たときに洞窟にいるとは限らなかった。
規則正しく義理堅い一族のコエンマとは違うのだ。

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その頃のことが、鮮やかに脳に蘇る。霞が晴れていき世界が明るくなるように…、蔵馬と過ごした
あの頃が浮かんでいく…。
コエンマは、椅子にもたれ溜息を吐いた。その人がまだ部屋にいるようで。

暗黒鏡事件で捕らえたとき、まさか蔵馬が、素直に、コエンマを知っていると口にするとは思わなかった。
蔵馬が…本当に、コエンマのことを知っていると…認めるとは思わなかった。
それはくすぐったいような苦いような…自分でも捉えることの出来ない記憶だった。

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それは、欠片のように記憶にあるあの頃のこと。



いつもの洞窟に、コエンマは忍び込んだ。ぴちゃ、と昨日降ったらしい雨粒が洞窟の天井から落ちる。
「いないのか」
仕方がないな…。

そっと、コエンマは口の端を上げた。
約束をしたわけではない。思い立ってきてみただけなのだ、それでも、霊界の王子がわざわざ来たのだという
自負が頭をもたげてくる。こういう自分がやっかいだなと思いながらも、コエンマはこうとしか考えられないのだ。
けれど蔵馬にとって自分は尊敬する相手ではない、たまたまあの時であっただけの相手。多分そうだ。
わかっている。けれど余りに予想通り過ぎて…笑ってしまう。
こんなことも起きるとは思ってた。魔界の生き物は、約束も守らない。
大体、相手の言葉を信じる習性がないのだ。
知っていたから驚かなかった。


だから…いつかこうなる気がした。


しばらく逢えないと告げてから数ヶ月経った頃の話し。
蔵馬は、まだ自分を待っているような気がしていた頃。
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蔵馬を捕らえるよりも、少し前の頃。


「妖狐…蔵馬?」

逮捕命令の了承を取りに来た部下に見せられた書類に…コエンマは目を見開いた。
どうかしましたかと言われ、いや…と書類を突き返す。そうか…。妖狐か。
なら。今こそ…。

コエンマは再び書類に目を落とした。あの頃の…銀の髪が蘇る、柔らかで…気まぐれで美しい妖狐蔵馬…。

もう、逢えないと思っていた存在。

そしてあの日のことを思い出す。

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銀の髪を揺らして、蔵馬は身を起こした。
コエンマのからだから、僅かに離れた。

「蔵馬?」
「しばらく…ではないかもしれない」

しばらくと、コエンマは言った。けれど、多分…。
「分かった…」
また、会える日がくるのを、待つ。一言、蔵馬はそう言った。
「…会える日が来るか分からないけど」
コエンマの背中に、蔵馬は言ったのだ。
その日…消えた指輪。


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蔵馬は、霊界の部屋から解放されるまでコエンマとは会わなかった。
取り調べも終わり…そこから先、ただ待つ以外に二人出来ることは、なかった。


正式な決定までの数日…蔵馬は大人しかった。

蔵馬が人間界に戻される、その日は空が明るく晴れていた。
「蔵馬」
霊界の門を開く瞬間、眩しそうにコエンマが目を細めた。それは何故か…蔵馬も
同じ瞬間目を細めた。陽の光が、僅かに二人を遮った。
見送りは、コエンマだけだった。

蔵馬は、コエンマを見て、背を向けた。
「それでは」
「蔵馬!!」
そうじゃない。これで終わりではない。それでは困る。

ハッと、蔵馬は身体をこらばらせた。
「なんですっ……!!」
目の前に、あの綺麗な顔が合った。息がかかり…次の瞬間。
「ん!」
奪われた吐息。薄い唇を、熱く火照ったコエンマの唇が捕らえていた。
もがきかけた身体を押さえ込み、コエンマは蔵馬の肩を抱きしめた。
「指輪…はお前の所にあるだろう」
「…んっ…し…らな…」

嘘をつけ。激しく声を出したいのを、コエンマはグッと堪えていた…。


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暫く会えないと言ったその日…あの日…霊界に戻ったら…嵌めていた指輪がないことに気づいた。

「んっ…はっ…」
ヌルッ、と逃げ惑う舌を、コエンマが絡めていた。蔵馬の身体を押さえ込んだ
コエンマの肩が妙な熱を帯びていた。
逃がすまいと舌に力を入れ…蔵馬の小さな舌を絡め取る。あの頃よりも小さくなった
少年の唇を、コエンマの舌が喉の奥まで追う。



風が強く舞った。
「はっ…!!」
突き飛ばされたコエンマの身体が、ズザッと…たじろいだ。
たじろいだコエンマを見て、蔵馬は唇を手で覆った。
「あれは二度と手に入らない、とても気に入ったものなんだ」
お前、知っているだろう。

二度と手に入らない石の、高価な指輪。


「あの時まで、指に嵌めていた!!」
逃げたら戻さない。今ここで蔵馬を解放したら…きっと指輪は戻ってこない。
コエンマが、全身で訴えていた。


「……」

くすっと、蔵馬は笑った。

「そう」

あの時、確かに…。それだけ、蔵馬は言った。
「そうですね…」
でもね。
本当にお知りになりたければ。探しているのなら。
「俺の心を…捕らえてみれば」
そうしたら、返してあげる。

これは、次に会うときまでの印にね…。

コエンマの唇に、蔵馬の唇が重なった。
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