Tear's Night



意外なほど近くに声を感じる。
「…飛影…」

魔界の要塞で、ふと着信を受けた蔵馬は耳を済ませてそれに出た。
意外すぎる相手からの電話。そしてこれは二人だけの秘密の回線…。
飛影からしかかからないように蔵馬が細工をした携帯電話。

「どうしたんですか?」
2ヶ月ぶりの、飛影の声だった。

最近忙しくて飛影の声さえも聞いていない蔵馬は、部屋の壁に擦り寄って電話に耳を近づけた。


…黄泉の要塞。ここに働き始めてから蔵馬はやっとなじんできた時期の今。
漸くここを自分の部屋、空間として認識することが出来た蔵馬は、突然鳴り出した着信音に心臓が跳ね上がるかと思うほど
驚いた。飛影からの着信は、実はまだ3回目。…飛影が電話を嫌うのも分かっていたが、それでも、と頼んで無理やり持たせた。

「…どうしたということもないが。」
「…え?」
瞬間ドキッとした。
思わず息を呑んだ。

「…お前…この間…俺を呼んだだろう…」
「…えっ…」
いいえ、と咄嗟に言おうとして上手くことばにならない。
「こ、この間なんて…そんな…」
「聞こえた。…どうした。」
ビクッと蔵馬の胸が緊張した。
夜の帳が濃くなった時刻。…盗聴されているかも、という警戒心に蔵馬はしどろもどろに言葉をつむぐ。
「…い、いいえ。」
「…本当か。」

明らかに、嘘だというような飛影の強い言葉に蔵馬は座り込んで繰り返した。

「…本当です。それよりもあなたこそ、どうしたんですか?」

やっとの思いでそれだけ聞き返す。


「別に。」
その短い答えに、飛影の本音を見た気がした。…きっとそのときのこと、飛影は答えられなかったから、だから電話なんか
してきてくれたんだ。…気にしてくれたんだ。



「いやぁ!」
薄い寝巻きのはだける感触に、蔵馬は思い切り暴れだした。
その上には、この城の主、黄泉とそして警備の役人が
のしかかっていた。
「やめろっ!」
「うるさい!殴れ。」
黄泉の命令で、床に転がっている蔵馬の腕を頭の上で固定して役人はブーツのまま蔵馬の腕を踏みつけた。
「…!」
一瞬悲鳴を飲み込んだ蔵馬を無視して、黄泉は蔵馬の肌を味わうべく舌を出した…蔵馬は涙目になって首を振った。
…飛影!
…飛影−−−
何度も、飛影を呼んだ。口にすら出せないまま。−−−黄泉は蔵馬の服を脱がしてぬるりといやらしく舌を動かした。
「ふっ−−−んん!」
見知らぬその男に口付けられて蔵馬は呻いた…
……飛影−−−

会いたくて、会いたくて助けて欲しくて、でも、今の飛影を呼び出すわけには行かないと思い、涙で言葉を飲み込んだ。

蔵馬のズボンに手がかかったその瞬間、
「黄泉さま!!どこにいらっしゃいますか!」
修羅の世話係のあわてた声で黄泉はハッと身体を離した。
…黄泉様!!修羅様が高熱で!…黄泉様…

間一髪助かった蔵馬は、寝巻きをかき集めると震えながら、携帯を持つとその夜ベッドの上でうずくまって眠った。



「飛影…」
「なんでもないならいい。…無理は、するな。」

電話口から聞こえる声に、蔵馬は苦しくなった。
……会いたい…
会いたいよ…
「…飛影…お願いが、あるんです…」
「…?」
「……欲しいものが、あるんです」

一個だけ。あなたに願うもの−−−
拒まれたら、どうすればいい?

−−−あなたの氷涙石…下さい…

どうか、うなづいて…
水樹奈々ちゃん Tear's Night からです。歌詞はとても可愛い、一途で…切なくて、飛蔵にぴったり。
私の好きな部分は、「祈るように まぶたとじた あつく あなたの名を繰り返した Tear's Night」
という部分です。