Star Ring

星のように綺麗な瞳だった



初めて会ったときから、惹かれていた。
今更、強くそれを意識しているのだけど…。

けれど、どんなときでもその人は綺麗で…触れてはいけないような
気がしていた。

今はそれどころではない。
ここで強く触れて近づかなければ…いけない気がしている。



・‥…━…‥・‥…━…‥・‥…━…‥・‥…━…‥


「蔵馬」
ノックする音も、小さくなる。

凍矢との闘いのあと、蔵馬は黙って部屋に入っていった。
明らかに青白い顔が、蔵馬の状態を全て物語っていて、
幽助は良い言葉が見つからず…ただ、大丈夫かとしか訊けなかった。

蔵馬の声は、聞こえなかった。…と思った、そのとき。
「うっ…」
消えそうな声が、耳に響いた。呻くような、苦しみの響き。
「蔵馬、入るぞ」
声が震えたのは、初めてだった。
蔵馬の青白い顔が、浮かんでは、消えていく。
凍矢の放った光が、蔵馬の意識を消していく様がリフレインする。

「幽助…」
振り向いた蔵馬は、今にも閉じそうな瞳を、ゆっくりと幽助に向けた。
白い肌がのぞけて、それが今は痛々しい。
枯れかけているシマネキ草を、蔵馬がそっと撫でた。
「枯らすのも一苦労…かな」
見られちゃったね、と小さく笑い…直ぐに、
「あっ…」
と言う声に変わった。
「蔵馬…!」
走って触れた幽助の指に、赤いものが見えた。
小さな、赤いもの…所々の出血。
「妖気…心許なくてね」
くす、と笑う蔵馬に、心が波を打ち始めた…違う。
蔵馬に、こんな表情させたいわけじゃない。
「あ、そ、そうだ」
今自分に出来ること…考えても、とっさの精一杯の提案しかない。

包帯を取り出すと、バッと引きちぎる…枯れたシマネキ草を切り、
きゅっとそれを結ぶしか、出来ることがない。
「幽助…っあ」
ゆっくり見上げてきた蔵馬の瞳が、声を堪えて歪んだ。
痛みは、幽助のものか、蔵馬のものか分からないくらいだった。
…蔵馬の瞳が緩んで一瞬泣いているかと思った。
「無理、するなよ」
そう言った幽助に、蔵馬は小さく笑った。
「無理も…しないとね」
大丈夫だよ…元は妖怪なんだし、と言うと、幽助をあやすように
…手が伸びた。
が…

「っ…!」
伸びた腕は、そのまま落ちて…自らの体を抱きしめた。
「あっ…は…」
ズキ、と体中を駆け巡る痛みが、蔵馬の胸を抉るように支配する。
「あ…」
打ち付けた部分が悲鳴を上げ、蔵馬はそのまま蹲った。
「蔵馬…!」
声をかけるだけしか…出来ない。
雪菜の治療で…とハッとする。今呼んできて、蔵馬を放って
出て行って良いのだろうか。
「大丈夫…心配しないで」
息が荒い。
本人は、気づいているのだろうか。こんなに、白さを増しているのに。
「幽助は…戻って良いよ」
一瞬、体中が熱くなった。


こんなこと、言わせたいんじゃない。
もっと、本当はもっと…言いたいこともあるのに。

「えっ…」
思わず、キツい目で蔵馬を見た。
どうして…。
「幽助だって疲れているでしょもう戻って休みなよ」
はあ…荒い息が、近くで聞こえる。こんなに指先が増えているのに、
どうしていつも、そう言う表情をする。
「蔵馬…!」
叫びのような声が、出た。
「うっ…!」

気づけば、手が出ていた。
蔵馬のからだを床におしつけ…のしかかっていた。
「っ…!」
声にならない叫びは…息になった。
「どうして、お前はいつもそうなんだよ!」
「幽助っ…?」
深い碧の瞳は、蔵馬のものだ。…大きく見開かれて、幽助を射貫いたが、
その色ははっきりしない。
「どうして、そうやっていつも!」
怒りでない、ただ切なかった。
切ないのは…蔵馬のせいだ。
気を遣っているふりをして突き放す。
もっと、もっと素直になれば良いのに。もっと苦しみを言葉にすれば良いのに。

「お前の、そう言うところが嫌なんだよ!」
「っ…!」
突き飛ばそうと…蔵馬が指に力を入れてもがくが、幽助にかなうはずはない。
力で幽助に勝とうなんて、出来るはずがない。


「なに、いって」
「そう言うところだよ!」
分かってふりをして自分だけで決めている。
「もっと、頼ってくれよ!もっと、辛いなら辛いって言えよ」
う、と蔵馬の声が聞こえたが、今はどうでもよかった。
痛みを、口にしない蔵馬が苛立ちだった
表面の傷よりも、もっと深いところに届く何かが欲しかった。
綺麗な言葉も浮かばない。
だから、素直なままでぶつかるしか出来ない。
「ゆ…」
「自分だけで解決するなよ!」


蔵馬の体を床に縛り付けるような体勢で、でも幽助がかける力は
強くなかった。
ただ、蔵馬の体が傷を訴え、普段の数倍の痛みとなって駆け巡る。
「あっ…」
床に着いた手が、ギリと呻いた。

「俺は、好きなやつが堪えているだけなの、嫌なんだよ!」
押しつけている蔵馬の体が悲鳴を上げているのは分かっている。
それでも、止められなかった。

「お前を、お前の気持ち…分からせてくれよ!」
ぴく、と蔵馬のまつげが震えた。
「幽助…」
蔵馬は少し目を伏せた。
「心配…させてくれよ…」

ぶつけるしか出来ない自分が、もどかしい…それをうまく伝える
術ががない。

「ごめん…」
小さな声が、聞こえた。
ピリ、と緊迫していた空気が震えた。蔵馬の手が、床の上で、もがく
ように動いた。
蔵馬は唇を噛んでいた。
「このまま、少し…」
幽助の腕に、蔵馬の指が触れた。


「お願い…があるの…」
見上げる瞳は、もう戸惑いの色では無かった。
「生きて帰れたら…抱きしめてね」


言うと、蔵馬は幽助から目をそらした。
「っ…」
幽助の中に、甘い疼きが駆け巡った。言葉にならない、むず痒いもの。
飛び上がりたくなるようなものではなく…けれど口元を引き上げて
笑いたいくらいの、優しい疼きだった。
「い、生きて帰れたらなんて…言うなよ」
そう、絞り出すのが精一杯だった。
「幽助…?」
「生きて帰るんだよ…っ蔵馬」
ずっと、大好きだった。

凍矢戦で一瞬、消えそうに見えた光が、怖かった。

蔵馬はもっと冷静で、罠をすり抜ける事が出来ると思っていた。
けれど蔵馬も、普通の生き物だった。
闘いに出るときはなにも言わなかったけれど、蔵馬が背負って
いたものは確かにあった。

「ごめんな…」
蔵馬の傷は自分の責任でもあると…思う。
「約束してね」

言うと、蔵馬の瞳が閉じた。
「蔵馬…」

ずっと、ずっと見つめていると思う。
この柔らかい肌を、離したくない。


Copyright 2017 All rights reserved.