unkieesd SEVEN  



蝋燭の垂れる音が、小さく響いた。
「あっ……」
吐息が曇った部屋に、うっすら浮かび上がった。

広いこの空間で……黒髪が揺れた。さび付いた壁に身体を預け、両足を開いたまま、荒い息を吐く人が一人…。
部屋は薄暗く、そしてその
ほかに、前に立つ人以外、誰も居なかった。何も取り付けられていないこの暗い部屋で、薄く笑うのがその
ひとだった。
「す…みませ…あっ……」
ぐいと、差し込まれた指に、そのひとは背をしならせた。


足を広げて唾液を垂らした人は蔵馬と言った。この屋敷の主、コエンマがその前に何も纏わないまま立っていた。
そしてしゃがみ込んで、コエンマは蔵馬の足を撫でた。
「ひっ……あ」
「お前が、裏切ったからだ。お仕置きをせねば」
「ち、が…あなたのために……ここに…」
ここにいますと、言えなかった。ぐちゅ、と足の就寝に差し込まれた指が蔵馬の襞をかき乱していく。蔵馬は白い
身体を晒した、しかし、その上にゆらゆらたくなっている布があった。オフホワイトのキャミソール…蔵馬は透ける
キャミソールだけを纏っていた。
いっそ扇情的な蔵馬が、すすけた壁に身体を預けていた。
「……あれはっ……捨てました…」
はあはあと、漏れるのは許しを請うよりも、信頼を請う声だった。
「捨てれば良いというものではない!」
「あっ……」
顎をクイと上向かせて、コエンマは噛みついた。唇に噛みつき、コエンマは下半身を蔵馬の中へをズリ混ませた。
「こ…えん…ま…さま」
「受け取ったこと自体が罪だと、なぜ分からない」


それは今日の夕刻のことだった。屋敷を訪れた伯爵…黄泉が蔵馬に渡したのは手紙だった。そして、その手紙を渡した瞬間、
黄泉は蔵馬の人差し指に口づけをしたのだ。
屋敷のメイドとして雇われていた蔵馬は、いつものように客人を送る役目として、入り口に立っていた。
コエンマは不在だった。

けれど、コエンマは屋敷の入り口で黄泉とすれ違った。
「あなたのところのメイド…私の口づけを受けましたよ」
黄泉は、それだけを言って‥すれ違いざまに…消えた。

屋敷に戻ったコエンマが蔵馬の手を引いた力は、蔵馬の知らないコエンマのものだった。何も言うことが出来ず、蔵馬はただ
コエンマに抱えられるままだった。こんな…こんな主人は知らない。
「コエンマ…様?」
「来い」
いつもは寝台の上では優しく身体を撫でてくれていたのに。

蔵馬の腕を引いて、コエンマは地下の部屋の扉を開けた。

蔵馬の来ている濃紺のスカートを捲り、蔵馬のタイツを剥がした。
「コエンマ…様!」
ひやりと肌を刺す空気に震えて、蔵馬は自分のからだを抱きしめた。パサリと、上と繋がっているスカートが落ちると蔵馬の
肌を覆うのは、肌の透けるキャミソールだけだった。壁際まで蔵馬を追い詰めたのは、コエンマだった。


「他のものに、あんなことを許すなんて」
「ち、が…違う、コエンマさまっ……」
首筋に噛みつかれ、蔵馬は悲鳴をかみ殺した。ぐいとコエンマは蔵馬の足をもう一広げた。指が食い込み、ひらひらと、
キャミソールの腰の部分が、はためいているようだった。その部分から、蔵馬の下半身の中心が見えた。
「淫乱な奴……まさか他にも誑かしているわけではあるまいな」
「ひっ……」
中心を舌から勢いよく梳くと、そこは激しく膨らみを帯びていく。蔵馬の火照った頬は、ガクンとうなだれていた。
「そんなこ…と……」
どうして。
どうしてこんな。
「気付かないのか」
蔵馬を狙う、屋敷を訪れる者たちの瞳に。その鈍感さが、憎かった。


蔵馬はコエンマ付のメイドだった。ずっと……。
時折、眠ったコエンマの頬に指を流して、甘く囁いているのを、本当はコエンマは気付いていた。蔵馬が、熱を出した
コエンマのことを苦しげに見つめていたことも。
だから、蔵馬は自分のものだと思っていた。
けれど。
蔵馬は最近自分の知らない瞳をしている。蔵馬の部屋の窓から時折月を眺めては、切なげな恋の歌を歌っていることを知って
いる。蔵馬の僅かな変化も、コエンマは知っていた。
蔵馬は、コエンマの前ではずっと、いつもの美しい人形のような瞳をしていた。丸く、真っ直ぐコエンマを見つめていた。
何が蔵馬を悲しませているのか。ずっと一番近くに居るのはコエンマだと思っていたのに。ずっと蔵馬はこの屋敷に居るのに
自分の知らない何が、蔵馬の心に入り込んだのか。

自分以外の男の手紙を、こいつは受け取っていた。黄泉だけではない、蔵馬を見つめる男たちの視線に気付かない。なのに
あんなに苦しい瞳で、蔵馬は、コエンマの知らない思いを抱えている。


「はっ……」
激しく蔵馬の下半身を撫でてそしてかき回せば、甘い声が響いていく。びくんと、開いた膝が震えていた。コエンマの眉が、
顰められた。
「あっ……」
ぐいと指を引き抜いたコエンマが、笑った。
「っ!」

次の瞬間蔵馬は足を閉じようともがいていた。
瞳の上に被さった布…。
目隠しだった。コエンマの、いつも持っているガーゼだった。暗くなった世界に、蔵馬は口を開けてそして腰を横に揺らして
もがいた。
「あ、あ!やめ、コエンマ様!」
知らず雫が流れていた。布に覆われた瞳から、銀の雫が流れていた。冷たい床に、それは溜まっていく。
「私以外を見ることは、許さない」
「あ、いやっ!」
蔵馬は首を横に振り、そして彷徨うように両手を前に広げた。

コエンマの、温もりが好きだった。コエンマが蔵馬と呼んでくれる朝の微笑が、好きだった。蔵馬よりもひとまわり大きな
身体がいつも蔵馬を包み込むようで。

「コエンマ…さま…!」
見えない。その胸の優しさを、本当は直に感じたかった。蔵馬は首を振り、何度もコエンマを呼んだ。
けれど。
「んんっ!」
口を開かれて、差し込まれたのはコエンマの指だった。一本ではなく、拳のままコエンマは蔵馬の小さな口を押し広げた。
「はっ……」
「お前が汚した指だ」
舐めろ、と無言の力…。小さな蔵馬の舌が、押し込まれた拳を、ゆっくりと這い始めた。
「もっときれいにしろ」
「は……ぁ…」」
半開きの口から蔵馬の赤い舌が覗いていた。指先を、蔵馬はただ熱い舌でなぞっていく。
苦しい。こんな主人を見たのは初めてで。
「んぐっ……」
コエンマの指は蛇のようだった。蔵馬の口をねじるように蠢いた。
と、突然空気を感じた。コエンマが、手を引き抜いていた。
「コエンマ、さま」
口が解放されても、蔵馬はただコエンマを呼んだ。唾液は蔵馬の口の端を流れもう一度、床に染みていく。
その間にも、コエンマの片手は蔵馬の中心を掴み襞の間を撫でていた。
「あ、んっ」
思わず甘い声が出た。襞の一点を突かれ、蔵馬は腰を上げていた。
「淫らだな」
くっと、笑うコエンマの声だった。
「あ、んぅ」
そこから胸をかき乱すような甘い波が、蔵馬を包んでいく。欲しい。コエンマのからだの奥の、情熱も優しさも全て、
嘘のない、そのままを。
上げて、蔵馬は自ら膝を浮かせていた。もっと、もっと。与えられているのは冷たい言葉だと、わかっている、でも
初めてコエンマが触れた熱さが、蔵馬を溶かしていく。
「コエンマ…さまだけ」
「ふ……ん」
コエンマが、舌なめずりをする音が聞こえた。

それは、初めて会ったときに蔵馬の心を捕らえた、コエンマのあの美しい微笑みだった。
囚われてしまった、蔵馬は。

と、蔵馬の身体が揺れた。
「あっ!」
世界が、反転した。

なに、何が起きたのか。
分からなかった。蔵馬は、四つん這いにされていた。

目隠しのまま、蔵馬の盛り上がった尻が、たかく持ち上げられていく。
そして、感じた冷たいもの。
「ひっ、あ…!」
なに。
グイと、何か知らない感触…。氷だった。コエンマの服の袖から取り出した小さな氷。
蔵馬の柔らかく膨らんだ尻の中に、それは差し込まれていた。解れていた蔵馬のからだは、冷たいそれをずいずいと
飲み込んでいく。
「はっ…う…」
冷たいものを、飲み込んでいく、コエンマの刺激に流れているからだの液体。蔵馬は冷たさと熱さに、喘ぐしか
出来なかった。
「お前に…おまえに分かるか!」
蔵馬を、奪われると思った。蔵馬が他の男を受け入れると思った。この綺麗な黒髪は、自分以外の誰かに渡したくない
唯一のものなのに。許せなかった。なくなるかもしれない現実と、蔵馬と…蔵馬を見る男が。
「ち、が…うっ……」
渇いた口で、絞り出すように蔵馬は繰り返した。寂しさよりも。痛みが走る。腰からも、胸の奥からも。
全部違うと言いたかったし、もっと信じて欲しかった。
ずぶずぶと氷を飲み込んだ尻は、なんとも言いがたい疼きに支配されていく。濁流に飲まれるような快感、それから
切なさで狂いそうだった。
目の前が、青く紺色に染まっていくようだった。知らない痛み。
からだを支えるのは蔵馬の弱い腕だけだった。肘が、割れるように痛みを訴えていた。けれど刺激に流されている
からだは、コエンマの指を手の熱さを確かに求めていく。
胸の突起が立ち上がり、赤く赤く、主張していく。撫でて欲しいと。それだけを待つ果実のように。
「他の誰のものでも…ありませ…」
嫌だ。見えない。コエンマの顔も見えない。そして直に触れることも出来ない。
もっと甘く、もっと激しく夢で何度も思い描いたように、コエンマを、夢のコエンマを求めていく。想いを胸に抱えて、
ひとりで部屋でからだを抱きしめていた。コエンマの前でも堪える
ことが出来ずに瞳に出てしまっていた。だけど本当は、破裂しそうなこの高鳴りを、もっと伝えたかった。
「あなたが……」
好きですと、言えなかった。ぐちゅぐちゅと、コエンマの指が蔵馬の中を回していく。高く持ち上がった蔵馬の腰が、
切なげにしなり、蔵馬は顔を床にこすりつけた。
「教え込んでやる」
「はっ……!」
息を吐くしか、出来なかった。コエンマの、腰が蔵馬のそこに、重なったのだ。
「あ、あ!」
唾液が、床に飛び散った。
何度も、コエンマは蔵馬の腰を引いた。そして奥へ奥へと…高ぶりを打ち付けていく。
からだじゅうが火照り、蔵馬の腰が激しいうねりに流されていく。
「あ、うっ……」
浮かされている。このコエンマの熱に。望んでいたものではないのに。それなのに、
コエンマを拒絶することが出来ない。こんなに、好きだった。なのに。
「お前の主人は…ひとりだ!」
全てが、押し込まれた。


力なく、蔵馬は床に横たわっていた。
ぼんやりと、コエンマがしゃがみ込んだのが見えた。
足が、びりびりと痛みを訴えた。目隠しはいつの間にか、解けていた。
「分かったか」
そっと、コエンマの手が伸びた。冷たい手。蔵馬の頬に添えられたそれは、触れたら更に冷たくなった。
「お前の支配者は、ひとりだ」


それでも、好きだと、蔵馬はキャミソールを握りしめた。




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