誘惑をはねつけて 

  3 花のトゲの傷は甘い色  



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それは、壮絶な闘いのその後…。
幽助の、それは感動と言って良いかもしれない勝利の後の…今はもう
チームしかいない、部屋の中。




「大丈夫かよ!」
座り込む蔵馬の傍に、幽助はしゃがみ込んだ。
「お前、眠っていた方が良いんじゃねえの」
「大丈夫だよ。ほら」
くすっと、笑ったのは蔵馬だった。
あの凍矢戦よりも青い顔をしているくせに、蔵馬はふわりと笑った。

少し離れた場所で、飛影は何も言わずにそれを見た。

「本当にいいのかよ」
「大丈夫だよ。もう動けるし」
腕を上げて、蔵馬はくるっと指先を回してみた。
そして腕を少し上げてみせる。煌めく瞳が、幽助を見上げて。
「そうか…ならいいけど」

バタンと、幽助は去って行った。

無理するなよ、と残して。それでも気がかりなことは、背中に満ちていたけれど。

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「あっ!!」

高い声が、今度は部屋に響いた。幽助たちが出て行ったその瞬間。

バッと、引き裂かれていたのは蔵馬のシャツだった。
白い肌に、巻かれている包帯。
ぐいと、蔵馬の身体を引けば、ううっと、悲鳴のような声が漏れた。

「何が、大丈夫だ」
ぐいと、蔵馬の顎を上向かせて、見下ろせば、妙に柔らかい笑顔が向けられる。
それが、今は腹立たしい。
「平気なはず、ないだろ」

ぐっと、胸の包帯の上から指を突き立てる。
「あっ!!」

跳ねるように、何かに縋るように、蔵馬は手を彷徨わせた。
全身に広がるその痛みから逃れるように。

「これでもか」
シャツを全部取り去り、蔵馬の腕を強くなぞり上げる、本気の力で。

「うっ…あっ…」
漏れる声は、そこから抉られる苦悶を、充分に伝えていた。

「飛影…どうし…てっ…」
こんな、追い詰めるような言い方をする…。

「どうして…?」
わからないのか、と思わず飛影は返した。
「お前が、あのままっ…」
消えるかと思った。相打ちで、本当に消えたかと思った。
全ての、生きる意味の欠片さえも消されたようで。

「嘘を、つくな!」
痛い習いたいと言えと、飛影は怒鳴るように叫んだ。
一瞬、建物が揺らいだ。

「ひ…えい…」

ぎゅっと、抱きしめられていたのは、蔵馬の方だった。

強く、強く。
泣きそうなに引き緩んで、飛影は蔵馬を抱いた。

「お前が、いなければ勝っても意味がない!」

蔵馬の、その唇が戦慄いた。

「あのときも…」
凍矢の攻撃を受ける蔵馬の、その長い睫毛が伏せられる一瞬一瞬も、
覚えている。
青ざめていく顔、落ちていく腕を、逃さず飛影は見ていた。
「命を賭けてまで!」
そういう大会であることなど、ただの理屈だ、他の誰がいなくなっても、
蔵馬だけはなくしたくない。

「ごめんね…」

消えそうな、声がした。

「あのときも…あなたを…守りたかった」
それに、どうしても鴉を倒さないとそのまま飛影が。
「あなたに、鴉の攻撃をそのまま受けてほしくはなかった」
そんなことは嫌だ。もし自分がどうなっても飛影のことは、守りたかった。


「…あなたが…好きです…」

ありがとう…と、そっと、蔵馬の唇が重なった。










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